№167

――日村さんはガラケーを持ってきた。

 私が高校生の時に使っていたものです。写真や動画が入っているのでずっと捨てずにおいてありました。引っ越しの時に懐かしくてデータを見返していたら、友達が占いをしてくれたときのものが残っていました。当時タロットカードが流行っていたんです。友達はそれで私の将来を占ってくれました。「あなたは――――のため運命が大きく変わるわね」と動画の友達は言いました。今でも覚えています。その時友達は自分の名前を言ったんです。それはちょっとした冗談で、私や周りの笑い声も動画に入っていました。でも見返したとき、そこにノイズのようなものが入って聞こえなくなっていました。他の声ははっきりと残っているんです。こんなことってあるんでしょうか。気になって何度か繰り返し再生していると、今度ははっきりと友達とは違う別の名前が聞こえてきました。それはその時同棲する予定だった彼氏の名前でした。何度もノイズを聞いているうちに幻聴でも聞こえたのだろうと思い、また荷物の中にしまい込みました。次に動画を見返したのは、夫と結婚し、夫が仕事の事故で寝たきりになってからです。社宅に住んでいたのですが、出て行くことになったんです。その時、荷造りしながら占い動画のことを思い出しました。動画を見返すとその部分は友達の名前でも夫の名前でもなくて、またノイズになっていました。しかし、もう一度聞くと別の名前になっていたんです。それはその時お腹の中にいた私の娘の名前でした。名前はその時にはすでに決めていました。今思えばやめれば良かったんです。気に入った漢字の並びと音だったから、そのまま付けてしまって。名前を変えていれば娘も火事でやけどをすることもなかったかもしれない。娘は顔や体にやけどの跡が残って、精神的に家から出ることが出来なくなっています。占ってくれた友達の行方を捜しましたが、親が大きな借金を背負い、一緒に蒸発して友達自身も行方不明だと他の友達から聞きました。私は運命を変えたい。お願いします。一緒に動画を見てくれませんか?

――日村さんはガラケーを操作して一つの短い動画を再生した。

「あなたは――――のため運命が大きく変わるわね」

 友達や夫、もちろん娘の名前でもないです。知らない名前ですね。まだ出会ってないのかしら。

――それは私の名前だった。

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