№161

 最初それは普通のサラリーマンに見えました。雨の日に、傘も差さずに道ばたでぼーっとしていたので、どうしたんだろうと見ていたらその男がこっちに顔を向けて目が合いました。驚いて目をそらし、足早にその場を去りました。変な人だったらどうしようと何度か振り返りましたが、追いかけてきてませんでした。しかしその日から何度もその男を見ました。それは決まって雨の日でした。私は道を変えたり、引き返したりして近づかないように気をつけていましたが見るたびに家に近づいてきていました。ちょうど梅雨の時期です。もう次は家の前なんじゃないかと、馬鹿みたいですがてるてる坊主までつるしていました。それでも雨は降りました。戦々恐々とパートに出て、雨の中家に帰りました。家に帰るまで全く誰とも会わず、家に帰って胸をなで下ろした時です。ドアをドンドンと叩かれました。思わず悲鳴を上げると、ドアの向こうから「家に入れてください」と平坦な声がしました。その時直感的に声の主が分かったんですが、どうしても無視することは出来ませんでした。ドアスコープからそっと覗くとドアの目の前にあのサラリーマンがいたんです。腰が抜けて、私はその場で動けなくなりました。そして夫が帰ってくるまで泣きながら震えていました。帰ってきた夫は驚きつつも私の話を聞き、その日のうちに警察にストーカーの相談をし、その足で隣県の実家におくってくれました。夫の行動力にもっと早く相談すれば良かったと反省しつつ、その日は久しぶりにぐっすり眠れたんですが・・・・・・。次の日の夕方、夫が真っ白な顔でやってきて「あれはヤバい」と言いました。その日、夫が家に帰るとずぶ濡れの男が家の中に立っていたそうです。勿論家を出るときに鍵は掛けていました。夫が帰ってきても、男はぼーっと家の中で立っていたそうです。そして夫に「奥さんはどこですか?」と。夫は愕然としていましたが、すぐに頭に血が上り男をめちゃくちゃに罵ったそうです。そして警察に電話しようとしたら男は「そうですか、いないんですか」と変わらず感情のない声で言って、ふっと消えてしまったそうです。霧か煙のように。考えてみれば私が見た男はいつも同じ格好で、同じように雨の中に立っていました。そして一度も近所の人の話に上がったことはありませんでした。人間じゃないんだとその時始めて気づいたんです。私たちはあの土地からずっと離れた場所に引っ越ししました。あれから雨の日にあの男を見ることはありません。でもやっぱり雨は怖いです。・・・・・・さっき雨が降り始めましたね。ええ、大丈夫です。夫が迎えに来てくれます。もうちょっと雨宿りしていって良いですか?

――5分ほど話をしたが、メールが来たようで内藤さんは出て行った。さらに10分ほどして内藤さんの夫が迎えに来た。メールを見て出て行ったと言ったら驚き慌てて出て行った。それから内藤さんの夫から何度か連絡があり、警察も来たが内藤さん自身はいまだ見つかっていない。

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