№160

 

――棟さんは小さい頃から人に見えないものが見えていた。

 最初は両親や兄弟に訴えていましたが、誰も信じてくれないので誰にも言うことはなくなりました。見えて怖い経験はしたことがありますが、たいていのことは慣れて日常になっていました。そのうちの一つが家に出る女の幽霊でした。毎日家のどこかに現れて私をじっと見てスッと消えていきます。それだけなので物心ついた頃には部屋の置物くらいに思っていました。大学に進学し、いろいろな人に出会う機会を得、同じように見える人にも出来ました。彼は絵がうまく、たまに見えたものをさっとクロッキー帳に描いてくれました。それは示し合わせたわけでもないのに私が見たものと同じでした。不思議ですね。誰かに信じてもらうことなんてずっと昔に諦めたと思っていたのに、やっと肩の力が抜けたというか、自分を認めてもらえて、私、すごく嬉しかったんです。私たちはすぐにお互いひかれあって、付き合うようになりました。そして大学卒業後に結婚しようと約束しました。私たちにとってそれは自然なことでしたが、周囲の反応は「そんなに急がなくても」「就職して落ち着いてからにしては」という感じでした。家族も勿論そんな反応だったので、私たちは在学中にお互いの実家に挨拶しに行くことにしました。一応それぞれ実家で見えるものを伝え合いました。いつも見ていたら慣れていますが、初めて会った人がどんな反応をするか分かりませんし、見えないものに反応して家族に変に思われたくありませんでしたし。だから彼は女のことを知っていました。それなのに、女が出てきた瞬間彼は「え!?」と声を上げたんです。家族はそんな彼に訝しく思ったようでしたが、私はなんとかごまかしました。後で彼に苦情を言ったところ彼も「もうちょっと詳しく言っておいて欲しかった」と言い返して少し喧嘩みたいになりました。でも話しているうちに何かかみ合って居ないと思い、彼に女の絵を描いてもらうことにしました。クロッキー帳に描いた女は、確かに私が見たものでしたが、それが絵になったせいかその女が違う者に見えて私は思わず声を上げました。それは、間違いなく母でした。彼は「母親と同じ顔の幽霊が出てくると言って欲しかった」と言いたかったようでしたが、もう私はそれどころじゃありません。完全に取り乱してしまい、実家に電話をしようとしたところで彼に止められました。どうして今まで気づかなかったんでしょうか。母と似てるとも一度も思ったことはありません。混乱していると彼は「これまでも大丈夫だったんだからこれからも大丈夫」とは言ってくれましたが、どうでしょうか。ちなみにそれ以来、家には帰ってません。あの女と母と、同じ空間にいることは耐えられません。母は今も元気で病気もありません。

――棟さんはクロッキー帳を置いていった。持っておくのも捨てるのも、お祓いするのも怖いそうだ。

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