№103

 遊園地が怖いんです。

――津島さんが最後に遊園地に行ったのは10年くらい前らしい。

 あの頃私はまだ小学生でした。父も母も仕事をしていて忙しかったので、なかなか休みが合わなくて、皆で遊園地に行くのはとても楽しみでした。地元の小さな遊園地でしたが、ジェットコースターはありました。絶叫系とは名ばかりの単純なものでしたが、怖がりの母にはそれでも嫌だったそうで、私と父だけ乗っていました。何度も乗ったことがあるのでどのくらいの高さでどのくらいのスピードが出るかも分かっていました。それでも父と一緒に乗って騒ぐのは楽しかったです。その時は閑散期だったようで私と父以外は乗る人がいませんでした。二人でどっちが大きな声を出せるかと言う競争をしていました。後で母にどちらが大きかったか聞こうって。だけどその日、ジェットコースターはおかしな動きをしました。一番高いところに登ると一旦止まって勢いよく降下するはずなんですが、そのまま平行にカタカタと進んで、止まってしまったんです。おかしなことに、そこには乗降場がありました。父を見ると父もぽかんと口を開いていました。二人で顔を見合わせているとピンクのウサギの着ぐるみが現れて、私たちしかいないのに拡声器を使って「おりてくださーい」と言いました。その遊園地で着ぐるみは見たことがありません。皆可愛い制服を着たスタッフで、ジェットコースターも優しそうなお兄さんが見送ってくれていました。ウサギは私たちに向かってただ「おりてくださーい」と繰り返すだけ。父は私にそのまま乗っているように言って安全バーを押し上げ、乗物から降りました。そしてウサギに「どうなっているんだ」というように詰め寄りました。しかし、ウサギは私の方を見て「おりてくださーい」と続けます。私は怖くて安全バーを握りしめていました。その時ブザーが鳴りました。発車の合図です。私は「お父さん乗って!」と叫びました。何故乗った方がいいと思ったのかはわかりません。直感でした。父も私の声に反応して再び乗ろうとしました。しかしウサギが、がっしりと父の腕をつかんだんです。そしてジェットコースターは発車しました。呆然と私を見送る父。それが私が見た最後の父の姿です。次の瞬間、がくんと急降下して、ジェットコースターは元のコースに戻りました。止まって乗降場で降りると、スタッフのお兄さんが真っ青な顔をしていました。それから父がどこかで振り落とされたんじゃないかと警察や消防やら大変な騒ぎになりました。私も始めは話を聞かれましたが、正確に起こったことを話そうとするほど、周りの大人は絶望的な表情になりました。今でも父は出てきません。私はあの場所で生きていると思うんですが、もう二度と行けなくなりました。遊園地、閉園しちゃったんです。

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