№100

――曽良さんはよく怪談を買いに来るお客様だ。

 いつもありがとうございます。しかし毎回よくこれだけの怪談を集められますね。いや、助かっているんですが。他にも買いに来る人はいるんでしょう? いったいどんな理由で? あぁ、守秘義務ですか。失礼しました。

 僕はもともと怪談が好きで、本やネットでよく探し読んでいました。その時に面白いと思ったものを人に話すのも好きでした。妻はそれを聞くのを楽しみにしてくれていて、娘は怖がりで小さいころは妻の後ろに隠れていました。その姿が本当に可愛らしくて、僕にとって本当に幸せな時間でした。妻が他界したのは娘が中学生の時です。雪の日に交通事故で……。僕は娘と二人になりました。お互い支え合ってきたと思います。そのため娘が高校に上がるころには家族がいなくなった悲しみを乗り越えたように思えます。

 ある暑い日の夜、ふと怪談を読みたくなりました。妻が死んでからは全く遠ざかっていましたが、気持ちに余裕が出来たせいでしょうか。ネットでいくつかのサイトを読みだすと止まらなくなりました。僕が怪談から離れているうちに新しい話がたくさん出ていたんですね。僕はうれしくなって、次の日、さっそく娘に話しました。しかし娘はむっとした顔で「やめて」と突き放すように言ったんです。どうしたのかと聞くと「ずっと怖い話が嫌いだった。っていうか喜んだことなんて一度もないのになんでするの?」と、妻と似た顔で言うんです。確かに怪談を話すときいつも娘は震えていました。でも怖い話は怖がってあたりまえ、それが醍醐味だろうと僕は思うんです。僕は無理矢理娘に怪談を聞かせまいた。次の日も、その次の日も耳をふさごうとする娘の手をつかんで新しく読んだ怪談を話し続けました。時には泣き出すこともありました。……ムキになってたんでしょうか? 娘が本当は怪談が嫌いだったのなら、僕が大切に思っていた妻と娘の団欒の時間を否定されるということだという、裏切られた気持ちになっていました。

 娘は食事を取らずに、学校にも行かないようになりました。さすがにまずいと思い、怪談をやめようかとも思いました。しかしやせ細った娘はある日「パパ、怪談して」と言ったんです。不思議に思いながら僕は短い話を聞かせました。すると唇を噛みながら聞いていた娘の頬は少しだけ色が戻ったように思えました。それから毎日1話ずつ話すように言われ、乞われるがまま僕は話し続けました。娘は相変わらず食事をほとんど取りませんが、怪談を聞くうちに顔色が良くなり、健康になっていきました。たぶん、娘は怪談を「喰う」ようになってしまったんです。それに気付いたから、娘は苦痛に顔をゆがめながらも怪談を聞き続けるんです。僕が嫌がっているにもかかわらず聞かせ続けたから、でしょうか? 今はここで買った怪談を聞かせる以外の会話はありません。きっと僕みたいな親、他に居ませんよね?

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