#04-18「ほんもののバカ」
三十重の魔法が切り開いた道に導かれるようにして、僕は飛空船の中心部に達した。
その広い空間にはまばゆいばかりの光があふれていた。張り巡らされた窓からは、きらびやかに横たわる帝都コーベの夜景が見える。窓のない部分には計器やレーダーなどの電子機器のライトが明滅している。飛空船の司令室だ。
駆けつけた僕を、司令室にいたマフィアたちが振り向いてにらみつけた。
「……探偵ぇ」
いまいましそうに葉巻マフィアがうなり声をあげる。
「きさま、どこまでわれわれの邪魔をすれば気がすむんだ」
僕はそんなマフィアに一瞥をくれてやる。
「おまえたちに用事なんてねえよ。僕はそこにいる団長さまに話があるんだ」
「なにぃ?」
僕の視線の先には、こちらに背を向けながらコーベの街を見下ろす、われらが怪盗団の団長がいた。窓越しの街灯りに縁取られて、彼女の金髪は錦糸のように輝いて見える。
「梅田」
カレンが言った。「なにしに来たの」
そんな彼女の背中に、僕は言葉をぶつける。
「きみに文句を言いに来たんだ。三十重と花熊からの伝言も預かってる」
「……文句? 伝言?」
カレンはふとこちらを向いた。その表情は、どこか迷惑そうな、困惑気味な、そしてどうしてもあきらめきれない一縷の望みを手繰り寄せているような、複雑な表情だった。「ああ。どうしても伝えなきゃと思ってね」
「……そう。そのおミソとおハナはどこ?」
「華々しく散ったよ」
「……っ!」
含みのある僕の言葉に、カレンが目を見開いて息を飲んだ。まるで彼女たちがみずからを犠牲にして散っていったかのように思えただろう。うろたえるようすを見せるカレンに、僕は笑って首を振ってやる。
「もののたとえだ。どっちも死んでねえよ」
三十重も花熊も、ここにいる僕だって、きみがいないところで勝手にくたばるようなやつらじゃない。西宮カレン怪盗団はろくでもないやつらばかりだ。それはきみもよく知っているはずだ。
「伝言。花熊が『はやくカレン殿に逢いたい』って。三十重もきみの安否を心配してたよ」
「……そ」
そっけない返事だったが、その顔はどこか安堵しているように思えた。けっきょく彼女たちは、いまはおたがいに背を向けあいながらも、おたがいの身を案じて唇を噛み締めているんだ。どんだけ不器用なんだこいつら。
「なぁんだ。うそつかないでよ、梅田」
カレンが吐き捨てる。その台詞に、僕は思わず反駁した。
「カレンこそうそつくなよ」
彼女は視線を落として足許を見つめた。ぼとり、ぼとりと彼女の足許に言葉がこぼれ落ちていく。
「……いままで騙しててごめんね。でももう、わたしには怪盗業なんてできないの。みんなとは……おミソとおハナと、梅田とは、もう——」
「そうじゃねえだろ」
カレンの言葉が止まった。
「アリスちゃんの話だよ。きみの妹、孤児院にいるんだろ。夙川警部たちから聞いたよ、『ぜんぶうそだった』なんて、くだらないうそつくなよ」
「……っ」
カレンははっと目を見開いたあと、うつむいて表情に影を落とした。
そのそばで、葉巻マフィアがぷかぷか煙を吹かす。
「その西宮アリスはいまやわれわれコーベ・マフィアの手の内なのだよ。無能の探偵ごときがどうわめこうが、西宮カレンはもう《カレイドガール》になることはない」
彼は司令室の窓から見える帝都を見下ろした。
「われわれは彼女たち《
マフィアの戯言にかまわず、僕はカレンに言葉をぶつける。
「きみがこんなことしたって、アリスちゃんはきっとよろこばない。カレン、きみは彼女にとって、たったひとりの家族なんだろ。マフィアなんかに屈して、アリスちゃんを悲しませるなよ」
「でもっ、わたしは悪者なの。人様から金銀財宝奪ってふところに入れる、悪い犯罪者なの。どっちだって変わんないよ、怪盗だってマフィアだって。だったら……だったら、マフィアに屈して従って、わたしがマフィアのいいなりになって、アリスは……アリスだけは、助けてもらったほうがいいの。梅田、わたしたち姉妹の話に口出ししないで」
あの大秋祭の夜空に咲いた花火の下で、彼女がこぼした想いを、僕は思い返す。
——あの子のためにわたしにできること、なんにもないんだなって。
——わたしは、怪盗少女。対悪専門っていったって、しょせん泥棒なの。そんな姉を持って、アリスがよろこぶと思う?
——わたしはね、天使なんかにはなれないの。
なあ、カレン。
せっかくたったひとりの妹の話をしてるのに、そんな哀しい顔するなよ。
「ほんとうにそう思うのか?」
「あたりまえなの」
「そしたらきみはほんもののバカだ」
僕は言った。「三十重といい花熊といい、われらが怪盗団には不器用とバカしかいないな。そしてその団長がいちばん不器用でバカなんだから救いようがない」
「なっ……」
カレンが不服そうな顔をする。そこへ、僕は持っていた無線通信機に語りかける。僕たち怪盗団が活動をするときに使っていた、あの通信機だ。
「あー、御影さん、聞こえますか?」
カレンの不思議そうな表情をよそに、通信機の音声はノイズからしだいにクリアになっていく。
『聞こえていますよ、梅田くん』
通信に御影さんが応答する。通信のうしろで『やったであります! カレン殿、聞こえてるでありますかーっ』『しずかになさい、花熊みなと!』という会話も聞こえる。
「御影さん、お願いします」
『わかりました』
御影さんの返事とともに、視界がぐわんぐわんと揺らいだ。紅い閃光が瞬いたかと思うと、景色はだんだんと色を失い、真っ暗闇になり、その闇のなかにぽつぽつと宝石のような光の粒が浮き出てきて、いつのまにか目の前には帝都の街が広がっていた。カレンは「ひえっ」とみじかい悲鳴をあげて僕にしがみついた。巻き込まれたマフィアたちもあわてている。
「梅田、これは」
「御影さんの魔法だよ」
僕たちが見ている風景は、《オーバースペル》ではない御影さんの魔法だ。彼女の《
「……どうしてこんなこと」
「まあ見てみろって」
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