#04-03「どうせ梅田は」

「もこちゃん、綿飴おいしい?」

「ん」

「もこちゃん、ほっぺに綿飴ついてるの、わたしが取ってあげるね」

「ん」

「はあ〜かわいいの」

 カレンが鼻の下を伸ばしながら少女を見つめている。花熊がそのとなりから「もこ殿〜、いっしょにお化け屋敷に入りましょうぞ〜」と少女の腕を引っ張っている(力加減はしているようだ)。少女はもらった綿飴をもふもふ食べながら微笑みもせずカレンたちを見返した。ちなみに綿飴のお金を出したのは僕だ。

 苑生そのうもこ、というのが少女の名前だった。もこは僕たちがなにを訊いてもなかなか答えてくれず、かろうじて聞き出せたのが名前だった。逆に言うと、それ以外のことはなにひとつわからない。親御さんの居場所ももちろんわからないし、そもそも迷子なのかどうかもはっきりとしない。迷子にしてはやけに落ち着いているが……この子の元来の性格なのかもしれない。彼女についてわかるのは、苑生もこという名前と、綿飴をほおばるときは無表情なんだということと、僕たちに対する害意はないんだ、ということだった。なにをする気だったのかはわからないけれど、ひとまず彼女の言う「いたずら」の発動は避けられたらしい。

「梅田、あの子をどう思う?」

 三十重が小声で耳打ちしてくる。あんな年端もいかない少女を指してどう思うと訊かれても返答に困るが、とりあえずは抱いた感想を率直に告げてみた。

「うん、まあ……かわいいと思うよ」

 すると三十重は目を見開いて表情を固まらせた。全身の毛穴という毛穴から軽蔑の色の空気を出している。あ、地雷踏んだなこれ?

「……ぼくたちを脅かすマフィアの手先かどうか、梅田の見立てを訊いたのに……女児に対して『かわいい』などと性癖を惜しげもなく暴露するなんて……きみは生粋のロリコンだな」

「いや誤解だよ誤解っ」

「いいのだ、いまは多様性が尊重される時代なのだ。ぼくは応援するよ」

「いらんところでふところの深さ出してんじゃねえよ!」

「ちょ、あ、あまり近づかないでくれたまえ」

「だいじょうぶロリコンはうつんないから!」いやそもそもロリコンじゃないんだけども!

 なんとか三十重の誤解を解いた僕は、もこに対して抱いている(性癖じゃないほうの)率直な感想を答えた。よくわからない、というのが正直なところだ。マフィアの手先だという判断を下すのも、そうじゃないと決めつけるのも、それに足る情報が少なすぎるように思える。こんな年端もいかない少女がマフィアの手先じゃないと信じたい一方で、去田神社で上等の蓬莱饅頭の罠にはめられた一件が僕たちを用心深くさせていた。いまのところは、カレンももこを気に入っているし、彼女を無下にあつかう理由もないだろう。

「——というのが僕の見立てだ。その要約がさっきの『かわいい』の一言だったんだ。わかったか三十重」

「ふぅん」

 ジト目を向ける三十重。信じてねえな。まあうそだけど。

「なになに、また梅田がもこにゃん天使みたいにかわいいとか言ってるの?」

 カレンが会話に割って入ってくる。あいかわらず壊滅的なネーミングセンスだが、もこにゃんの「にゃん」はどこから来たんだ?

「そこまで言ってねえけど」

「どうせ梅田は天使みたいな子が好きなんだもんね、ちるちるとかもこにゃんとか」

「……なんだよ」

「ふんっ、知らない」

 べえ、とまた舌を出すカレン。やけに険のある態度だ。上等の蓬莱饅頭の一件から、カレンのようすがすこしおかしい気がする。僕の気のせい、気にしすぎだろうか。

 どうにも腑に落ちない態度に僕の気分がすこしささくれ立っていると、

『ピンポンパンポーン』

 と園内に放送が流れた。なんだろう、と僕はその放送に耳を傾けてみる。

『迷子のお呼び出しを申し上げます』

「迷子だって」

「もこのことじゃないかい?」

 もしかしたらそうかもしれない。彼女を親御さんのもとに帰してあげられるかもしれない。僕たちは放送に傾注する。

『ピンクのスモックブラウスにスカートをはいた、ロングヘアの七歳くらいの女の子です。お心当たりの方は——』

 僕たちは綿飴をもくもくほおばる目の前の子どもと、放送で訊いた迷子の特徴を比べてみる。かたや目の前にいるのは、綿飴のように白いフリルワンピースを着て、ショートボブに大きなリボンをつけた、一〇歳くらいの女の子。

「……ぜんぜんちがうな」

 迷子の放送とはちがう、正体不明の女の子。気づけばもこと出逢ってからずいぶんと時間がたっている。こんな長いあいだ、親御さんが子どもの不在に気づかないとは思えなかった。僕は呆然として、彼女を見つめながらつぶやいた。

「もこちゃん、きみはいったいどこから来たんだ?」

 僕のその質問に答えることなく、もこはただ黙って綿飴をほおばっている。

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