#03-11「神の微笑みがありますように」

 神崎かんざき依奈いなと名乗ったその巫女は、僕たちに深く頭を下げた。神社の神職に頭を下げられるのはたいへん居心地が悪く、僕はあわてて制止したが、彼女はしばらく頑として頭をあげなかった。いまだ具合の悪いカレンの介抱もしてくれたので、僕は彼女にお礼を言った。

「梅田さんがお礼を言わはる必要はないんです、ご迷惑をおかけしたのは私たちですから」

 ぐったりとしているカレンに水を飲ませながら、依奈はふたたび頭を下げる。

「でも、依奈さんは彼らがマフィアだってこと、知らなかったんですよね」

 彼女は彼らがコーベ・マフィアだということを知らなかったようなのだ。大秋祭の露店の香具師やしが減っていて困っていたところに、助けを申し出たのが彼らだったという。僕たち西宮カレン怪盗団を含め、たしかに露店出店者は増えたが、彼らの動向はどうも怪しいところがあったそうだ。

「以前にもときおり、神さまをうやまわない態度が見受けられましたので、この恥知らず、罰当たりと注意してきたのですが……なんだか満足そうにするばかりで……あれがマフィアというものなのでしょうか」

「いやそれはマフィア関係ないですね……依奈さんが目覚めさせただけですね……」

 依奈が不思議そうに首を傾げるので、僕は思わず突っ込んでしまう。それにも彼女は解せないようで、傾げた首をさらに傾けてつぶやいた。

「目覚める、とは? 神への信仰に目覚めたということですか?」

「いえ、新たな性癖に」

「せいへき?」

「なんでもありません」

「梅田さんはおかしなこと言わはりますなあ」

 カレンが「うう……」とうなった。気分が少し持ち直したようだ。依奈の介抱のおかげか、顔色も少しよくなっている。ふと時計を見ると、夜も更けはじめていた。大秋祭りもクライマックスを迎える時間だ。

「僕がふもとまで運んで帰ります。仲間も待っていますので」

「そうですか」

 依奈は立ち上がり、僕がカレンを負ぶうのを手助けしてくれた。

「梅田さん。重ねて今回は、とんだご無礼を」

「いいんですよ。カレンの介抱をしてくれましたし」

「お困りのことがあったらなんでも言わはってくださいね」

 そんなことを言われて、僕は少し困ってしまった。こんなとき、なにをお願いすればいいんだろう。カレンなら、なにをお願いするんだろう。

「……じゃあ」

 僕は言った。「もし僕たちが絶体絶命のピンチになったら、また助けてくれますか」

 依奈さんはきょとんとして僕とカレンを見つめたあと、長い黒髪を手櫛で梳いて微笑んだ。「やっぱり梅田さんは、おかしなこと言わはりますなあ」と呆れたように言った。

 そして、両手を合わせてこうべを垂れる。

「はい、謹んで馳せ参じます。天にまします去田の御神よ、かしこみかしこみも申す、このものたちを祓いたまい、清めたまえ、守りたまい、さきわえたまえ」

 僕たちに向けて彼女は言った。「おふたりに神の微笑みがありますように」

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