#02-08「真実を聞きたい」
そのあと行われた西宮カレン怪盗団(もといマフィアSP隊)の作戦会議は、このうえなく間の抜けたものになった。なにしろ議題が「どうやったらマフィアの尻を見られるか」ということだったからだ。そのうえ当の本人たちはいたってまじめに尻を見る方法を考えあっている。この怪盗団で僕が探偵をやっていることを『反チョコレート大作戦』のとき御影さんに不思議がられたが、どうしてこんなことをしているのかいよいよ僕もわからない。
そのあと決まった作戦どおり、僕たちは会場スタッフや事務所関係者のなかから怪しげな人影を探した。そしてコーベ・マフィアと思しき人間が単独で行動しているところを見つける。
「あいつにしよう」
コンサートのリハのために機材を搬入しているバックヤードの脇。バックヤードに人手が集中しているためひと気のないその場所で、そのマフィアとおぼしき人物は煙草をぷくぷく吹かしている。みちるの事務所の
「……カレン、花熊。頼んだぞ」
「……わかってるの」
「よしきた!」
「静かにするのだ花熊っ」
僕と三十重は物陰からふたりを送り出した。《ドルチアリア》は三人ともみな自分の媒菓を頬張っている。送り出されたカレンと花熊は、僕と三十重がいる場所からいったん離れたところへ行き、また物陰に隠れた。僕たちからターゲットは見えているが、彼は僕たちの存在に気づいていない。
スマホをいじくっていたターゲットが、ふと僕と三十重のほうに背中を向けた。
「いまだ」
僕が無線通信機で合図を送る。カレンと花熊が歩き出し、ターゲットへとしずかに近づいていった。僕と三十重はそれを見守る。いい具合に近づいたところで、僕はべつの《ドルチアリア》へと合図を出した。
「三十重」
彼女は頷いて、両手に青い光を纏わせた。それをターゲットに向ける。見かけはなにも変化がない……しかし、彼女の魔法で確実に、彼のそれは開いたはずだ。
ターゲットに近づくカレンと花熊。まもなく接触する。ふたりの身体がそれぞれオレンジと黄色の光に包まれた。ふたりの魔法の用意は万全だ。僕は固唾を飲んで見守る。そして自分の仰せつかった大役に想いを馳せて心臓が飛び出しそうになっている。頼むから、うまく行ってくれ……。
歩いていた花熊がなにかにつまづき、盛大に転んだ。
「うわああ〜〜っと!?」
彼女は奇声を発しながらそのまま前方へと倒れ込んだ。その目の前にいたターゲットに倒れかかり、力任せにずりずりとズボンをずり下ろす。三十重の《
「なにぃッ?」
ターゲットの悲鳴が響く。そこで、いつのまにかいたいけな美少女に姿を変えていたカレンが、ターゲットに対して健気に頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさい……。わたしたち、殿方になんてことを……っ!」
とつぜんパンティを引きずり下ろされたうえに美少女に醜態を見られてしまったターゲットは、顔を真っ赤にして慌てふためいている。花熊が馬鹿力でパンティにしがみついているものだから彼はひたすら僕と三十重のほうに突き出した尻を見せつけていることになる。
「……梅田、はやく済ませたまえ。吐き気がしてきたのだ」
僕は『観察眼』を発動させる。……といってもまあ、ただ視力2・0の目を凝らして見つめるだけなんだけど。
「……っ!」
僕の『観察眼』によってターゲットの尻は捉えられた。これにて作戦完了だ。僕は無線に向かって言った。
「カレン、花熊。ご苦労だった、作戦は成功だ。もうそのターゲット、いや……そのコーベ・マフィアは、用済みだから放してやれ」
恥じらうコーベ・マフィアを解放し、僕たち四人はしかめた顔をつき合わせた。僕の発案した「みんなが不幸になる方法」で、それぞれが心に深い傷を負ったのだ。まあ、いちばん深い傷を負ったのはターゲットになったあのコーベ・マフィアだけれど。しかしこれもまた事件解決にとって必要な犠牲だったのだ。尊い犠牲に合掌。
ターゲットはコーベ・マフィアだった。彼の尻に彫られた
「またマフィアが……」
三十重がつぶやく。「こんどはなにを企んでいるのだ?」
「きっと、みちるさんの魔法を悪用しようとしているんだ。彼女の事務所と結託している可能性も高い」
「グルってことかい」
「ありていに言えばね」
「みちる殿も悪者なのでありますか?」
「いや、たぶん違う。彼女はもしかしたら——」
「マフィアに利用されてる」
僕の言葉をカレンが継いだ。彼女の瞳には鋭い光がたまっている。「だとしたら、赦せないの」
彼女の妹、西宮アリスちゃんが好きだという、超人気アイドル・春日野みちる。彼女は裏でマフィアに操られているかもしれないという可能性に至って、カレンをはじめ僕たち怪盗団は唇を噛み締めた。
《ドルチアリア》のアイドルと、その周りをうろつくマフィアの影。話は混迷を深めてきた。
「みちるさんがほんとうに《ドルチアリア》か確かめよう」
「心を『開く』のかい?」
三十重が訊ねる。確かに三十重の《
「おミソの提案はありがたいけど、ここはちゃんとちるちるの意思で真実を聞きたいの」
カレンの言葉に異論を唱える者はいなかった。僕たちはうなずきあって、ふたたび彼女の控室へと歩き出す。
「うわああ〜〜っと!?」
そこへ僕の後ろを歩いていた花熊が奇声を発した。その奇声とともに、僕は腰に違和感を覚える。なんだか風を感じるぞ? そして、どうしてカレンと三十重は、真っ赤な顔に怒りを滾らせて僕をにらんでるんだ?
僕は視線を自分の下のほうに向けた。すると、僕の後ろで花熊が盛大にコケているのが見えた。彼女は僕のズボンをパンティもろとも引きずり下ろしてしがみついている。さきほど感じた風は、遮るものがなくなって自由になった梅田くん二号の、快哉の現れだったのだ。
「あ」
「「う……梅田〜っ!」」
カレンと三十重の怒りの鉄槌によって僕がどうなったかは、あえてここで言うまでもないだろう。ていうか僕悪くないよね?
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