#02 Macaron.

『第二話 恋するマカロン』

#02-01「世間を騒がす怪盗たるもの」

 帝都にチョコレートの雨が降った日から、およそ四ヶ月がたった。

 街はすっかり初夏の陽気に包まれていた。

 強くなりはじめた陽射しが照らす帝都を心地よい海風がなでる。波止場に寄せて砕ける波は、しゅわしゅわと炭酸ソーダのようにはじけて消える。その海の表面は、まるで水飴のようにきらめいている。春に咲いた色とりどりの花は初夏の陽射しを存分に浴び、なんともさわやかな新緑に姿を変えようとしている。

 街頭ヴィジョンには、いつも話題の音楽チャートが映し出されている。帝都は花の都でもあり、音楽の都でもあるのだ。

 今日の街のヴィジョンを飾るのは、とある人気アイドルだった。狭苦しいヴィジョンのなかでも輝かしい笑顔を振りまく、いま帝都の話題を席巻している女性アイドル。街ゆく人々は彼女の仕草に魅せられ、彼女の歌声に射止められ、彼女の笑顔に心を奪われた。

 彼女はまさに、夏の陽射しとともにコーベの街に舞い降りた天使だった。

 その天使の名は、春日野かすがのみちる。



 その天使に魅せられた人物がここにもひとり。

「ああぁ、みちるちゃん今日もかわいいの」

 おなじくいま帝都コーベを騒がせている、怪盗・カレイドガールこと西宮カレンだった。テレビに映る春日野みちるを、にやにやとだらしない笑顔で眺めている。他人様から金銀財宝を奪う怪盗のくせして、アイドルに心を奪われてやがる。

「カレン、アイドルなんて好きだったっけ? あんまそういうの興味なさそうだけど」

 僕がそう言うと、カレンは腰に手を当てて得意気な顔をする。

「梅田、わかってないの。世間を騒がす怪盗たるもの、つねに世の中の動向をつかんでおかなくちゃなの」

「はあ」そんなもんか。

 僕はいつもどおりネットで情報収集をしていた。手慰みに春日野みちるの画像検索をしてみると、出てきたアイドルの画像はたしかにかわいかった。長い黒髪が印象的な、いわゆる清純派のアイドルといえよう。「帝都に舞い降りた天使」とかいう恥ずかしい二つ名も、あながち誇張でもないように思える。

 僕がそう言うと、カレンはややむすっとして言った。

「なに? 梅田、あういう天使みたいな子が好きなの?」

「天使みたいな子、ってかなり無理があるカテゴライズだけど……まあ、たしかにかわいいとは思うよ」

「ふうん」

 カレンの返事はどこかつまらなそうだ。興味ないなら訊くなよ。

 天下のカレイドガール様がのたまうように、僕も世間の動向とやらを探ろうと、せっかくなので春日野みちる関連の情報を探ってみる。すると、さすがはいま街を騒がせるアイドル、莫大な量の情報がネットに公開されている。

「どれどれ……」

 僕は世の中の動向をつかむべくその情報をつまんでみる。彼女のプロフィールだ。「春日野みちる、超人気アイドル、血液型はO型、天秤座、好きなものはかわいいものと甘いもの全般、とくにアンリ・シャルパンティエのマカロンとコーベプリン……なんだこれ、魔術の呪文か? 趣味は飼い猫のショコラちゃんと遊ぶこと……ふむふむ……スリーサイズは上から——ごふッ」

 カレンが投げたテレビのリモコンが脳天に直撃した。

「そんな情報いらないの。世間の動向と関係ないじゃん」

 空飛ぶリモコンの襲撃を受けて地面に倒れ、動かぬしかばねとなった僕に、カレンがそう吐き捨てる。僕は急にがばっと起き上がり、「ひっ」と短く悲鳴をあげるカレンに言った。

「関係ある。大いに関係あるぞ」

「ごくり」カレンが生唾を飲み込んで訊ねる。「ど、どんな……?」

「ひんぬー派ときょぬー派どちらの天使たり得るか、それが問題だ!」

 僕は叫んだ。「ちなみに僕はどちらでもいける!」

「最低なの!」

 カレンの怒りの鉄槌によってふたたびしかばねとなった僕を置いて、彼女はぷんすかしながら行ってしまった。むむう、僕はただ世間の動向を探究したかっただけなのに。

「む?」

 パソコンで春日野みちるの公式サイトをみて見ると、近日この帝都でコンサートをやるという情報が公開されていた。日付は七月七日の七夕の日。場所はここ帝都にある催事場・大世界アイランドホール。

 はて、この日付と場所、どこかで……?

「なになに、みちるちゃんのコンサート?」

 いつのまにか戻ってきていたカレンが肩越しに画面をのぞく。あいかわらず顔が近い。

「そうだよ。行きたいの?」

「うぅん……どうかな……」

 僕の問いかけに、めずらしく歯切れの悪い返事を返すカレン。首をかしげた彼女の豊かな金髪が僕の顔にかかった。

「……なんだよ気持ち悪いな。行きたいなら行きたいって言えよ」

「……ほんと?」

「ああ。言ったところで行かねえけどな」

「ひどい」

 ぷっくり頰を膨らませるカレン。そんな彼女の態度にしびれを切らした僕は彼女に問いかける。

「どうしたんだよカレン。春日野みちるになにかあるの?」

「じつはね」

 カレンは言った。「わたしの妹がファンなんだ、みちるちゃんの」

「え?」

 僕は開いた口が塞がらなかった。カレンの口から飛び出した彼女自身に関する初出情報に、僕は愕然として言った。

「妹いたの?」

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