第3話

 この店はインターネットで検索しても出てこないし、それほど目立つ外観もしていない。だからこの店に訪れる人とはだいたい顔見知りになる。今日来ているおじさんとはつい1ヶ月ほど前に知り合った。私はこの店を、いつもと違うルートで大学に行こうとして見つけたし、お兄さんもそういうなんとなくでこの店にたどり着いたのだろう。そう思うと好奇心も落ち着いてきた。途端に電車の騒音に包まれ、つい5分ほど前にもらったアイスコーヒーは氷だけになった。


「あの、隣りに座ってもいいですか?」


 ぼーっと大学の教科書を読んでいた私に、お兄さんは明るい声で話しかけてきた。私は手でジェスチャーをして迎え入れた。先ほどよりも興味はなくなったが、それでも多少の好奇心はある。

 近くで見ると私より5つほど年上に見えた。肌は褐色でスポーツをよくやっていそうな雰囲気で、この暑い中でも元気に走り回っていそうだ。少し話をしたところ、お兄さんはのスポーツジムで働いているらしい。運動を全くしない私とは、対極の位置にいるに違いない。名前はこうたと言うらしい。初対面で変なひねりを入れるのもどうかと思ったので、こうたさんと呼ぶことにした。

「ゆみさん、でしたよね。いつもこちらに来るんですか?」

 私は簡単に自分のことを話した。私が大学生であること。半年ほど前にこの店を見つけたこと。それ以来、暇を見つけては訪れていること。普段なら話さない好きな食べ物の話もした。こうたさんは話を聞くのが非常にうまく色々しゃべってしまうようだ。

 私もこうたさんに同じことを尋ねた。こうたさんもこの店には何度か来ているようだ。会わなかったのは、私が平日に来るのに対し、こうたさんは土日によく来るかららしい。今日来たのは仕事が昼で終わったからとのことだった。隣に座ってきたのもこの店の習慣を知っていたからのようだ。

 お互いのことを一通り話し終えたあと、店内は電車の音で満たされた。私は店主に向けて指を高々と掲げ、アイスコーヒーをもう一杯要求した。

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心の底に沈むあの日の記憶 石窯こころ @kokoro-ishigama

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