第40話

 帰宅して玄関を入るなり、「リョウー」とミリアが抱き付いてくる。「ミリアを捨てたら、サンタさんにぶっ飛ばされるわよう。」


 見合いを断らせるための説得の言葉を、あれこれと思案していたのであろう。そして辿り着いた先が、サンタクロース――。ミリアが小学生の頃、サンタクロースに「リョウとずっといっしょにいられますように」と、そう、手紙に書き記し、祈願したことがあったことをリョウは思い出す。そういえばあの手紙はどこにやったっけ。リョウはそんなことをふと考えた。


 しかし中学生にもなって今更サンタクロースかよ、とリョウは思わず口元まで出かかるのを、ミリアに限ってみればもしかすると、本当に未だサンタクロースの存在を信じているかもしれないと半信半疑ぐらいになり、ふと呑み込んだ。


 だからリョウはそこには触れず、「見合い、だめだったなあ。」と呟くように言って、リビングに入った。「長髪、嫌いなんだって。」リョウは嫌味な弁護士を思い浮かべ、言った。「女だってこんなに長くしてるのは、いねえとよ。んなの、知ってるよなあ。」


 ミリアは目を輝かせて、リョウの前に立ちはだかる。


 「本当? ミリアは長髪、大好き。リョウもユウヤも、シュンもアキも、みんな長髪だもん。」そう言って再度抱き付いた。その仕草に、無性に愛しさが込み上げて来る。リョウはミリアの頭を撫でながら、「まあ、お前はなあんも心配しねえで、しっかり勉強してろよな。」


 「……チョーサカンは?」ミリアはじっとりとした上目遣いで、ぎこちなく言った。


 「あ、ああ。調査官との面接は、今度、あるけど。」リョウは幾分焦燥しながら答える。


 「ミリア、何て言ったらいいの?」ミリアの瞳が曇る。


 「何て言ったら、って……。」リョウも途方に暮れる。「お前の思ってるように話せばいいんだよ。」


 ミリアは目を細めて遠くを眺めた。


 「だって、俺がああだこうだ言ったら、お前の意向確認にならねえだろが。俺と暮らしたくねえっつうんなら、そう言やあいいし……。」


 ばちん、とリョウの頬にミリアの手打ちが飛んだ。リョウは驚いてミリアを見詰めた。


 「リョウと一緒にいるに決まってるじゃん! あんな人の所に、行けっていうの? ミリアがまた痩せっぽちて、お話できなくなって、お外歩き続けて、いいの?」ミリアの瞳が滲み出し、唇が細かく震え始める。


 「リョウは、リョウは、ミリアのこと好きじゃないの? 大切って、言ってくれたでしょ? 大切って言ってよ!」言葉が甲高く震えてくる。


 リョウは力いっぱいにミリアを抱きしめると、「ごめん。ミリアが一番大切だよ。俺は、ミリアと一緒にいる。あんな気違いには間違ってもやらねえ。」と言った。


 「一緒にいてくれなきゃあ、リョウ、サンタにぶっ飛ばされるわよ。そんなの、ミリアは厭だよう。ミリアは、だって……。」口ごもる。そして力いっぱい抱き付く。「一緒にスウェーデンに、行くんだから。」と小さく呟いた。


 「悪かった。……でも、本当に大したモンじゃねえから、さ。お前が思ってること言えばいいんだって。それよりも受験までもう二カ月とちょっとしかねえんだからさ。受験のことだけ、考えてろって。……さて、天才料理人のリョウさんが、受験生に栄養たっぷりの鶏鍋でも作ってやるかな。」


 「わあい。」ミリアはすかさず、「お豆腐いっぱい入れてね。」と言った。




 ミリアを喪ってなるものか。リョウは決意に似た思いを胸に抱く。それが利己心だって構わない。どうせ今までも、自分は利己的に生きてきたのだ。それを人に非難されようが、軽蔑されようが、今更なんてことはない。それよりも絶対に、ミリアとの暮らしを奪われてなるものか。その思いだけがリョウの胸に渦巻いた。

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