番外編 涙の代わりに、汗を流して
「ハァアッ!」
私の気勢が奔り、突き出した拳が空を裂く。この静かな道場には今、私の吐息しか耳に入らない。
息を切らし、汗が肌を通じて足元に滴るまで。私は――
「は、はぁ、はぁっ……」
それは精神統一だとか、鍛錬だとか、そんな高尚な理由によるものではない。
亜麻色の髪の毛先から、この細い手足から、頬から。絶えず汗を撒き散らし、私は突きや蹴りを放っているが――この心はいつも、ここではないどこかへと向かっている。
なんのことはない。ただ私は寂しくて、不安なのだ。
地球守備軍の名門たる獅乃咲家の子女でありながら――私は、許婚である殿方が戦場に赴く中、こうして道場で汗を流している。まるで、涙の代わりであるかのように。
私の許婚である
だから私は愛しい人が戦地に赴く中、ただこうして帰りを待つことしかできないのだ。
しかも彼は……英雄と称されるほどの活躍を繰り返している。それはつまり、
彼はいつも、何事もなかったかのように笑顔で帰ってくるけれど。
その裏にある苦しさが、分からない私ではない。彼は私を、そんなことも分からない子供だと思っている。
だから彼が出撃していく度、帰りを待つ私は……居ても立っても居られず、こうして屋敷の道場で汗を流しているのだ。
自分を押し潰す不安に、屈しない為に。
「……っ」
だが、最近はこうして型稽古に明け暮れるのも辛くなってきた。……胸が、きついのだ。
私が稽古着の胸元を僅かに開くと、封じられていた熱気がむわっと溢れ出し……今にも溢れてしまいそうな双丘が覗いてきた。しとどに汗ばんだ私の谷間には、滴る汗が地上を目指して集まっている。
……動く度に揺れて邪魔になるから、先程
「……っ!」
よりにもよって、神聖なる獅乃咲家の道場でそんな考えが過った自分を恥じて――私は胸元を直すと、身を清めるべく浴場へ向かった。
でもやっぱり……気になってしまう。認めたくはないけれど、それでもやはり……私はまだ、「子供」だから。
赤き巨星のタイタノア オリーブドラブ @HAWK
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