番外編 青き恒星のヘラクロア

 ――機械巨人族。

 今から数百年前、とある惑星で――宇宙怪獣の襲来を受けた巨人族が、並外れた武力を持つ侵略者達に対抗するため、自らを機械化して生まれた一団である。

 彼らは愛する母星を守り、未来を紡ぐため自らの命と体を投げ出し、文字通りの兵器と成り果てた。


 そんな彼らの武器は、硬度を増した鋼の身体だけではない。彼らは自らの肉体を制御する術を、小柄な異星人に授け――自分達が死した後も、戦える措置を施していたのである。

 胸のハッチを開いて心臓部のコントロールルームに導き、彼らに肉体の主導権を明け渡せば――例え屍になろうとも、その巨大な拳を振るい続けることが出来るのだ。


 安らかな眠りなど不要。平和のためとあらば、死してなおも戦い抜く。そんな鉄血の勇士達は、脳が死のうと魂を失おうと、決して戦うことに背を向けなかった。


 そう、怪獣軍団が去りゆく日まで。――戦いを嫌う1人の男を残し、全員が死に絶えるまで。


 彼らは最後まで、止まらなかった。


 ◇


 体長15m前後。その程度の体躯しかない怪獣軍団の雑兵など、50mの巨体を誇る機械巨人族の敵ではない。

 ――が、その物量は常軌を逸している。星はおろか、宇宙そのものを覆わんとするほどの群れが、濁流のように襲い掛かってくるのだ。

 圧倒的な数を武器に雪崩れ込む侵略者達に、機械巨人族の戦士達は絶えず苦戦を強いられている。


『くッ……いつもながら、なんという数だ! これ以上押し切られては、我が母星が……!』

『しかも、あんな奴までいては迂闊に攻められん……! クソッ!』


 宇宙での激戦のさなか。怪獣達を拳で叩きのめしながら、機械巨人族達は焦燥を露わにしていた。

 母星に迫ろうとしている怪獣軍団は、勇士達が張り巡らせた防衛線を抜け、次々と大気圏へ突入している。地上にも防衛に当たっている機械巨人族は大勢いるが、それでもこの戦いでどれほどの被害が出るかは……想像も付かない。


 ――しかも。異様な容姿と異常な戦闘力を持つ、怪獣軍団の「変異種」までもが、機械巨人族に牙を剥いているのだ。


 二足歩行の雑兵とは異なる、四足歩行の体型。機械巨人族達を上回る、全長70mもの体躯。灰色の体表に、飛び出した大きな両眼。ギョロギョロと蠢き、定まらない視点。しなる長い尾に、裂けそうなほどに大きく長い顎。歯並びという概念が見えない、醜い牙。

 見るからに奇妙な外見を持つ、その「変異種」は――今まで何人もの機械巨人族を食い荒らしてきた、獰猛な個体である。彼の者は次の餌を求め、防衛線で奮戦している勇士達を睨んでいた。


『……奴は、僕が引き付ける。皆は、他の雑兵共を始末してくれ』

『レッキ!? ――まさか、1人で行くつもりか!? 無茶だ!』

『すでに一度、奴に敗れた後だろう!? 犬死にするつもりか!』


 ――そんな中、レッキと呼ばれた1人の機械巨人が、勇ましく進み出る。決死の覚悟の秘めた彼の背中に、同胞達は難色を示していた。

 青く逞しい肉体に、それを保護する真紅のプロテクター。白銀の鉄仮面に、黄色いバイザー。そして、雄々しくそそり立つ側頭部の双角。


 ――そんな凛々しい姿を持ち、仲間達からも一目置かれている彼が、止められているのは。一度「変異種」に敗れている、という過去が原因であった。


『……だからこそ、だ。この骸を託されて、なおも奴を倒せなければ……僕はそれこそ、この身体をくれたヘラクロアに顔向けできない』

『レッキ……』


 この青い機械巨人族を操る、異星人のレッキ。ひと束に纏めた亜麻色の長髪と、赤い瞳を持つ美男子である彼は――かつて、この機械巨人族の戦士「ヘラクロア」と共に戦う兵士だった。


 だが、先の戦いでヘラクロアは「変異種」に敗れ、脳を損傷。事実上の死に至り、その遺体であるこの巨体を、コントロールルームにいるレッキが操り続けているのだ。

 かつて共に戦った戦友の視点を持ったまま、レッキはこの遺体を弔うため――「変異種」に再戦する決意を固めたのである。


『……わかった、もう我々は止めない。だが、約束しろ! 必ず、生きて帰ると! さもなくば、ヘラクロアは決して浮かばれん!』

『あぁ、分かってる! ――皆も必ず、生き延びてくれッ!』


 ヘラクロアの遺体を操縦するレッキは、眼前の「変異種」に狙いを絞ると――瞬時に接近して背後に回り、太い首に組みついた。


『仇は必ず取る……! 付き合ってもらうぞ、貴様の墓場までな!』


 そのまま、怪獣軍団の群れを抜け――「変異種」を抱えたまま、レッキは遙か彼方に飛び去ってしまうのだった。


 ◇


 銀河の彼方で煌めく、無数の星々。その輝きと幾度もすれ違い、流れ着いた先に広がる灰色の大地へ――ヘラクロアと「変異種」は、転ぶように着地した。

 月面と呼ばれるその地を踏みしめ、ヘラクロアは一気に立ち上がり――再び、「変異種」目掛けて飛びかかる。馬乗りになった彼は巨獣の延髄に、手刀の雨を降らせた。


(見ていてくれ、ヘラクロア! 僕は必ず、君を勝たせてみせる! 君が、思い描いた――!)


 「変異種」は奇声を上げ、長い尾を振るい、何度もヘラクロアの背中を打ち据える。激しい振動と痛みに襲われ、レッキは苦悶の声を漏らすが――それでも、攻撃の手を緩めない。


 その脳裏には、今は亡き親友の言葉が過っていた。


 ――私はね、レッキ。タイタノアを憎んでなどいないんだ。彼は誰よりも、傷付くことの怖さを知っている。ただ、それだけなんだよ。


 ――周りも君も、彼を憶病者だと言うけれど。もし彼が、君のような異星人と変わらない体躯だったなら……誰も彼を責めなかっただろう?


 ――人は誰も、生まれを選べない。だからどう生きるかだけは、その人自身が選ぶべきなんだ。それを誰かに左右される世の中に、自由はない。


 ――私はそんな自由を、君達と我が故郷に齎すために戦っている。もし君が、そんな私を笑わないでいてくれるなら――


(ヘラクロア……!)


 ――私の魂が、あの恒星に成り果てた後も。骸を使い、生き抜いて欲しい。誰もが願う、自由のために。


(そう――君が思い描いた、自由のためにッ!)


 それだけの言葉と、この屍を遺して逝った戦友のために。

 レッキは声にならない怒号と共に手刀を振り上げる――が、突如首を振り上げた「変異種」の頭部で顔面を強打し、よろけたところを後方の尾で叩き落とされてしまった。


 激しい轟音と共に転倒したヘラクロアに、「変異種」は追い打ちとばかりに尻尾を叩きつけてくる。その痛みにのたうちながら、レッキはなんとか地を転がって距離を取った。


 ――だが、それは悪手だった。なんとかヘラクロアが立ち上がった瞬間、正面に向き直った「変異種」が大顎から怪光線を放ったのである。

 怪しい閃光を胸に浴びたヘラクロアは激しく転倒し、後頭部を強打。さらに、立ち上がろうとするよりも早く――今度はのしかかられてしまう。


 圧倒的な体重差もあり、どれほど暴れても中々「変異種」の巨躯は揺るがない。やがて、ヘラクロアの全身がのしかかりに耐えきれず、歪な音と共に軋み出す。


(約束したんだ……! 自由を、取り戻すって!)


 ――だが、諦めるわけにはいかない。単純な腕力では抜け出せないと判断し、レッキは思い切り頭を振りかぶった。

 刹那、ヘラクロアの側頭部から伸びている、反り上がった角が「変異種」の喉に突き刺さり――青紫色の鮮血が噴き出してきた。


 絶叫と共に「変異種」は後ろ足で立ち上がり、さらに強力なプレスを仕掛けようとする。だが、そのために一瞬身体が浮いた隙を縫って――ヘラクロアは後方に転がり、マウントポジションからの脱出に成功した。


(体表が破れて出血している……! 傷が再生する前に、あそこに破壊光線を撃ち込めば――内部から爆殺出来るはずだ!)


 「変異種」は激しい激突音を出しながら、激しく暴れまわっている。その首に空いた穴に狙いを定め――レッキは、双角にエネルギーを集中させる。

 やがて、ヘラクロアの角に蒼い電光が宿り――その輝きが、両腕に伝導して行った。レッキは全身に迸る「力」の奔流を肌で感じつつ、ヘラクロアの体を操る。青い巨体は低い腰になり、衝撃に備えるような姿勢に入った。


 ――これは生前、ヘラクロアが封じていた技だ。凄まじい火力はあるが、全ての力を使い果たしてしまう上に、反動で遙か後方まで吹き飛ばされてしまう……というのが、その理由である。


 搭乗者であるレッキへの負担を顧みたヘラクロア自身により、長らく封じられてきたこの技。「変異種」を破り、機械巨人族を救うには、もうこれに頼るしかない。

 ――それが、この身体を預かるレッキ自身の決断だった。


(ヘラクロア……君はきっと、怒るだろうな。許さなくても、構わないよ。……それでも僕は、撃つ。この一撃は、君の願った未来に必要な光だから!)


 そして、荒れ狂う「変異種」の大顎がこちらに向かい――再びあの怪光線が放たれた瞬間。


 ヘラクロアは電光を纏う両拳を、天高く振り上げ――それを「変異種」目掛けて突き出したのだった。


「共に、この宇宙の恒星になろう。――イグナイトブラスタァアァアァアッ!」


 刹那。


 蒼い閃光が、両拳から噴火の如く飛び出し――怪光線を弾きながら、「変異種」の傷口に突き刺さった。

 喉から体内へと、破壊光線で串刺しにされた巨獣は断末魔を上げ――跡形もなく爆散する。


 ――そして、この強過ぎる輝きに押し出されたヘラクロアも。月面を飛び出し、遥か彼方の暗闇へと吹き飛ばされていた。


(……いいんだ。良かったんだよ、きっとこれで。なぁ……ヘラクロア)


 母星から、故郷から果てし無く引き離され。永遠とも呼べる年月の中を、彼らは漂い続ける。

 先ほどの破壊光線イグナイトブラスターにより、ヘラクロアのエネルギーも底をついてしまった。もはやレッキに、帰る術はない。


 今も戦っているであろう、仲間達との約束は果たせなかったが。せめて彼らは戦乱を生き延びて、自由を掴んで欲しい。

 そんな願いを、人知れず胸に秘めて――「変異種」との相討ちに終わったレッキは、ヘラクロアと共に暗闇の向こうへと消えていく。


 ――そして、この後。

 機械巨人族は怪獣軍団と相討ちになる形で、滅亡した。


 ヘラクロアが最期まで気にかけていた親友――タイタノアを遺して。


 ◇


 ――それから、数百年。生きているのか、死んでいるのかも曖昧になるほどの、永い年月を経て。

 巨人と共に眠り続けていた男は、深い海の底で目を覚ました。彼らは宇宙を漂流してから僅か数年で、この惑星に墜落していたのである。


 誰にも知られることなく、はるか海の底で眠り続ける戦友の骸。男はこの豊かな海で、彼の骸を安らかに弔うことに決めた。

 ――巨人の骸を離れ、陸に上がり。そこで男は、「地球」というこの星の名を知る。そして、役目を果たし眠りについた戦友と共に、この星に骨を埋めるため――真空寺烈騎しんくうじれっきと、名を改めた。


 そうして、この星の住民……すなわち「地球人」として暮らしていく中で。彼は最近までこの星で起きていた戦乱と、その顛末を知る。

 この地球にも襲来していた、怪獣軍団。彼の者達は、「地球守備軍」というこの星の防衛組織によって撃退されたのだという。


 ――自分達より遥かに寿命の短い人類が、あの怪獣軍団を追い払った。その事実に衝撃を受けながらも、烈騎は安堵した。もう、戦友の眠りが脅かされることはないのだと。

 そして彼は、自分達と同じ苦しみを味わいながらも、それを乗り越えて生きている地球人達の力になるべく――戦災孤児院の従業員として働くようになった。


 怪獣軍団との戦争で親を失った、大勢の子供達。そんな彼らにシンパシーを抱いた烈騎は、この星に一つでも多くの「自由」を灯すために戦うと決める。

 ――かつて、亡き戦友が思い描いた未来に、僅かでも近づくために。


 ◇


 ――そんな日々が幕を開けて、しばらくの月日が経つ頃。年長の子供達を連れ、日用品の買い出しに繰り出していた烈騎は、近場のスーパーに訪れていた。


「あ! これ『1/200コスモビートル日向ひゅうが機』じゃん! ねー烈騎、買って買って!」

「おれ、こっちの武灯むとう機がいい!」

「だめだめ、今日は必要なもの買う分しか持ってきてないの」

「ちぇー……」

「……来月の給料日までいい子にしてたら、院長に内緒で買ってあげるから。我慢しなよ」

「よっしゃー!」

「さすが烈騎ー!」


 現金でわんぱくな子供達に手を焼き、苦笑いを浮かべながら。亜麻色の長髪を靡かせる赤い眼の青年は、今日も平和なひと時を過ごす。この星の安寧を願う、地球人の1人として。


 ――そんな折。食材のコーナーに向かったところで、ある一組の男女とすれ違う。サングラスやマスクで素顔を隠した、あからさまに怪しい姿だ。


「ん? ねー烈騎、あれ不審者?」

「シッ、見ちゃいけません! というか、失礼なこと言っちゃいけません!」


 つい目で追ってしまうが、あまり不躾に眺めるのも失礼だろう。そう判断し、烈騎は早々に過ぎ去ろうとする。


「しっかし、たかが買い出しくらいでいちいち変装しなきゃならなくなるなんて、入隊した頃は考えたこともなかったよな」

「シッ、声が大きいわよ威流たける! ――だいたい、こういうのは侍女たる私の仕事であって、次期当主のあなたが出向くような要件じゃ……!」

「んなこと言ったって、家じゃ葵とルクレイテが毎日睨み合ってて、居心地悪いっつーかさ……」

「だからって私の仕事に逃げ込まないで!」


 ――が。彼らの会話を聞き、ふと足を止めてしまう。


 ルクレイテ?


「……?」

「……」


 すると、向こうの男性も何かを感じ取ったのか――サングラスをずらし、黒く凛々しい瞳で、烈騎を見据えた。

 赤い瞳と、その眼差しが暫しの間、重なり合う。……だが、やがて2人は何事もなかったかのように、そのまますれ違ってしまった。


(……聞き違い、だろうな。僕らの巫女……ルクレイテ様の名を、地球の人が知ってるはずがないし)

「烈騎ー、今の不審者と知り合い?」

「んー? いや、別に知り合いじゃ――っていうか、その不審者っていうのやめなさい!」

「わー! 烈騎が怒ったー!」


 そんな烈騎の背を一瞥し、サングラスの男――日向威流ひゅうがたけるは、気を取り直すように歩み出す。彼の隣に立つ女性――志波円華しばまどかは、不思議そうに小首を傾げていた。


「威流、今の人と知り合い?」

「……いや、違うが。なんだろうな……他人、って気がしなかった。それだけだ」


 2人はどこか腑に落ちない様子で、カートを押して買い物に戻っていく。


 ――あの赤い瞳の青年が、自分達と深い関わりを持っていた戦士であるとは、知る由もなかった。

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