第62話 国家樹立19
レンたちは冒険者ギルドから離れると一息ついた。
受付嬢の鬼気迫る表情が脳裏に焼き付き離れない、暫く忘れることはないだろう。
そう考えるとオーガストの言っていた、仕事はご褒美、的な発言にも納得がいく。
レンが一人で納得して頷いていると、隣でマリーが不機嫌そうに佇んでいた。
「あの女性は何なんですか!お客様に対して礼儀がなってません!」
メイドとしての
『恐らく半ば強引にギルドの職員として連れてこられたのだろうな。きっと以前はそれなりの冒険者ギルドで働いていたのだろう、それがいきなり見ず知らずの閑散とした冒険者ギルドに飛ばされたのだ。気持ちは分からんでもないがな』
「それにしたってあれは酷過ぎですよ……」
マリーは納得がいかないのか、まだ顔を膨らませている。
しっかりした子だがこういう仕草は子供らしい。
『用事も済んだし帰るとするか。どこかに飲食店でもあるのなら食事をご馳走するがどうする?』
「飲食店ですか?確かまだないはずですよ」
『ないのか、それは残念だな』
「恐らく飲食店があっても利用する人が少ないからだと思います。お城に住み込みのメイドは食事の心配は必要ありませんし、街に住む人には食料が配給されますからみんな自炊します。
『なるほどな、街道が整備され街に人が訪れるようになるまでは不要というわけか』
「そうですね、街が早く賑わって色んなお店が出来るのが楽しみです」
マリーは大通りを眺めて未来に思いを馳せる。
それはレンも同じであった。今は店も少なく閑散としているが、いつかは近隣諸国で一番と呼ばれる街にしたい、そう願っていた。
マリーの
『帰るとするか』
マリーは「はい!」と答えると再びレンの手を引いて歩き始める。
暗くなるのはまだ先だが、それでも陽が徐々に傾き始めている。城に着く頃には空は茜色に染まっているだろう、レンがいないことを知ったら大騒ぎになりかねない。
早く城に戻らねばと歩みを進めていると、謁見を終えた下級貴族たちと時折すれ違った。
貴族たちは恐らく宿で一泊してから帰るのだろう、石造りの見事な邸宅に子供たちが入っていくのを見ては愚痴を零していた。
今また一人、正面から歩いてくる貴族が愚痴を零している。
「俺たち貴族が平民より劣る場所で寝泊りしなくてはならないとはな」
吐き捨てるように言葉を漏らしながら歩く貴族にマリーは顔色ひとつ変えない。
レンも貴族とはそういうものだろうと、努めて気にせずにやり過ごすそうとした。
貴族はレンたちの服装を見て平民と判断したのだろう。すれ違いざまに「ふん!」と鼻で笑う、それだけならまだ許せた。
しかし、事もあろうか貴族の男はマリーに
そればかりか自分から当たっておきながら謝罪を要求してきた。
「痛いではないか!平民風情が貴族である私にぶつかってくるとは何事か!今すぐ地面に頭を擦りつけて謝罪をしろ!」
30代前後と思しき貴族の男はマリーを見下ろして怒声を浴びせかけた。
貴族の従者もそれを止めることなく当然と言わんばかりに頷いている。
憂さ晴らしに難癖をつけてきたのか、それとも日常的に同様のことを繰り返しているのか、貴族の男は悪びれた様子もない。
それがさも当たり前のように振舞っている。
『マリー大丈夫か?』
レンは倒れているマリーを抱き起こす。
マリーは膝を擦りむき、そこから血が滲んでいた。
目の端に涙を溜めながら「大丈夫です」と気丈に笑みを見せている。
『早く帰ろう、城に戻って手当しなくてはな』
だが、それを貴族の男は許してくれない。
無視されたと思ったのだろう、更に声を荒げた。
「まだ謝罪が済んでいないぞ!」
『そうだな、まだ謝罪が済んでいなかったな……』
その言葉に貴族の男が笑みを浮かべる。
マリーも地面に跪くため身を屈めようとした。
しかし、
『早くマリーに謝罪しろ、馬鹿貴族が!』
それより早くレンの声が届いてきた。
貴族の男は目を丸くする。
そんなことを言われるとは微塵も思っていなかったのだろう。
マリーもきょとんとレンを見上げていた。
『どうした?謝罪がまだだろう』
再度言われてやっと言葉の意味を理解したのか、男の顔が見る間に赤くなっていく。
拳を握り締めて
「貴様!貴族である私に何を言っているのか分かっているのか!」
『貴族がそんなに偉いのか?領民あっての貴族だろうが、それを見下すことしかできない馬鹿を私は貴族と認めない』
「何を偉そうに!この場でその首を切り落としてやる!」
その言葉と同時に二人の従者が剣を抜き放った。
だがその切っ先が動くことはない、いつの間にか衛兵の
馬鹿でかい声で騒いでいたのに衛兵が気付かないはずがない。
矛先が従者の男に向けられているのを見て貴族の男が騒ぎ出す。
「おい!槍を向ける相手が違うぞ!あの男は私を侮辱した!私の従者はそのため剣を抜いたのだ!」
だが、衛兵は動かない。矛先を従者の男に向けたまま油断なく動向を伺っている。
『どうでもいいから早くマリーに謝罪しろ!馬鹿貴族』
「な、貴様!私はサウザント王国の子爵だぞ!武芸をもって最強と呼ばれた我がリストル家を敵に回してただで済むと思うなよ!」
衛兵が動かないのを見るや貴族の男は捨て台詞を吐いてこの場を立ち去ろうとした。
しかし、逃げられるわけも無く今度は貴族の男にも矛先が向けられた。
「ふん!こんな
男は一笑に付すと、手で槍を払い除けて立ち去ろうとした。
そのとき男の足に痛みが走る、それは徐々に熱くなり激痛へと変わっていく。
見れば男の足に一本の槍が突き刺さっていた。
男の表情が見る間に変わる。
「ぎゃゃーーー!どう言うつもりだ!わた、私は貴族だぞ!」
男は泣き叫びながら地面に倒れ込んだ。
本当に刺されるとは思っていなかったらしく酷く怯えた表情でその場に
レンは男を見下ろしながら冷たく言い放つ。
『確か地面に頭を擦りつけて謝罪するんだったな。早くマリーに謝罪しろ傷が増える事になるぞ』
「な、何を馬鹿な、貴族が平民に頭を下げるなど……」
衛兵が男に向けて槍を近づけると男は言葉を止めてしまう。
矛先を見て観念したのか頭を地面につけて謝罪し始めた。
「も、申し訳なかった。許して欲しい」
いつの間に集まったのか、その様子を他の貴族や従者たちも遠巻きに見ている。
マリーは状況を飲み込めないのか貴族の謝罪を聞いても惚けていた。
『マリー、これで許してくれるか?』
マリーはレンと貴族の男を交互に見ると、ようやく事態を飲み込めたのか我に返る。
「も、勿論許します」
その言葉にレンは笑顔で返すと貴族の男に視線を移した。
さて、どうしたものかな。
この男はこのまま野放しにするには問題がある。
後々仕返しされても面倒だ。
確かサウザント王国の貴族と言っていたな。
サントスにしっかり管理してもらうか。
レンは口元に指輪を近づけた。
(サンドラ、私だがいま時間はあるか?)
(レン様?だ、大丈夫なのじゃ。時間は腐るほどあるのじゃ)
(そこにサントスはいるか?)
(爺は直ぐ傍にいるのじゃ)
(サンドラは街を見学したことがあるはずだな。私は街の大通りの中頃にいるのだが、サントスを連れて[
(できるのじゃ)
(ならサントスを連れてきてくれ、
(分かったのじゃ。直ぐに行くのじゃ)
「レン様?」
マリーが不思議そうにレンを見上げていた。
何でもないと頭を撫でていると遠くからざわめきが起こる。
人集りが割れ姿を現したのはサントスとサンドラ。
遠巻きに見ていた一部の貴族は跪き臣下の礼をとっている、恐らくサウザント王国の貴族であろう。
地面にへばりつき謝罪していた貴族の男は、サントスの姿を見ると天の助けと縋り付いた。
「陛下、聞いてください!この男が私に無礼を働いたのです!
そう言って刺された足をサントスに見せる。
サントスは要領を得ないのだろう、助けを求めるようにレンへと視線を移した。
『そこの馬鹿貴族がこの子に怪我をさせたのだ。そのうえ自らぶつかっておきながら謝罪をしろと理不尽なことを言ってきてな。サントス、お前のところの貴族は私を不快にすることに随分と長けているな』
それを聞いたサントスの顔つきが変わる。
「申し訳ございません。まさかそのような振る舞いをする貴族がいるとは、全ては私が至らぬせいでございます」
『この男の処分はお前に任せる。他の貴族にもよく言っておけ、竜王国での狼藉は絶対に許さんとな』
「はっ畏まりました」
『サンドラ、治癒魔法は使えるか?』
「簡単なやつなら使えるのじゃ」
『マリーの、この子の傷を治してくれ、ついでにそこの馬鹿貴族の傷も頼む』
「分かったのじゃ」
サンドラがマリーに手を添えて魔法を唱えると傷は瞬く間になくなってしまった。貴族の男も同様である。
レンは集まっている衛兵に貴族の監視を徹底するように伝えた。貴族の宿泊施設にも衛兵を常駐させ、国民に危害を加えたり、理不尽な要求をする貴族は捉えるように命じた。
状況が飲み込めず呆然としている貴族とその従者は、衛兵に連れて行かれ宿泊施設に軟禁となった。明日、サンドラが[
サントスは集まっていた自国の貴族たちに苦言を呈すと、自らも居住まいを正して再度レンへと謝罪した。
『もうよいサントス、お前が悪いわけではない。先程はあの馬鹿貴族の手前厳しく言っただけだ』
「はぁ、ですが……」
「爺、レン様がもうよいと言っているのじゃ。それで良いではないか」
『サントス、余り深く考えるな、皺が増えるぞ。サンドラ、悪いんだがついでに城まで[
「任せるのじゃ」
レンはマリーを引き寄せるとサンドラの傍へと歩み寄った。
サンドラが魔法を放つと次の瞬間視界が変わる。そこは見覚えのある場所、玉座の間の前に移動していた。
レンはその場でサントスとサンドラに別れを告げると、僅かな距離だが[
マリーはレンの手を引きながら溜息を漏らす。
「やっぱりレン様は凄く偉い人だったんですね。あのお爺さんサウザント王国の国王様ですよね、その人が頭を下げるなんて、それにサンドラ様も……」
『まぁ、色々あってな』
レンは苦笑いを浮かべる。移動距離も短いため既に目的の場所に着いていた。
レンは普段から心がけている口調を止めて普段の話し方に戻した。
『じゃあなマリー、ここでお別れだ』
そう言うとレンは扉に手をかけた。
「レン様、貴族から助けてくれてありがとうございました」
振り向くとマリーが満面の笑みを浮かべていた。
レンも笑顔で返し扉を開ける。
『マリーも案内ありがとう。マリーがいなければ外にも出られなかったよ』
そう言って部屋の中に消えていくレンの姿をマリーはじっと見つめていた。
扉が閉まっても暫くその場で立ち尽くす。
マリーは気合を入れるように自分の頬を両手で叩く「ぱし!」とちょっと可愛らしい音が廊下に響いた。
「よし、いつかレン様直属のメイドになってやるんだから」
マリーにはいつの間にか目標が出来ていた、それは叶うか分からない。
また一緒に傍にいたい、その思いを込めてマリーはこれからもメイドとして励むのだった。
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