第47話 国家樹立4

「おい、彼はどうしたんだ?」


 レンの隣に座る若い男が不思議そうに首を傾げた。

 鎧を身に纏っているため、国王を護衛するノイスバイン帝国の騎士なのだろう。カチンコチンに固まったマルスを怪訝そうにじろじろ眺めている。


「どうやら緊張しているらしい。王様の護衛だから仕方ないかもな」

「ああ、分かるよ。もし何かあったら大変だからな。俺たちが命をしても必ず守らないと」

「そうだな」

「お前は武具を装備していないが大丈夫なのか?」

「俺はただの従者だよ。それにほら、向かいの竜人ドラゴニュートも武具を身に着けていないだろ?」


 クレーズを指差すと苦笑いを浮かべている。


「まぁ、確かにそうなんだが、竜人ドラゴニュートは身体能力が高い。いざとなれば爪は強力な武器にもなるし、鱗は並大抵の剣では歯が立たない。丸腰でも十分戦えるからな」

「そうなのか?」

「……お前、何も知らないのか? よくそれで国王の従者が務まるな。有事の時のために、近隣諸国の情報は覚えておいた方がいいぞ」

「そうだな、今度から覚えておくよ」


 男はニカッと笑うと、レンの肩をバンバン叩いてきた。


「こんなに体格がいいんだ。従者より護衛の方が向いてるんじゃないのか?」


 レンは男の行動を見て郷愁が込み上げる。

 昔を思い出すように目を細め、あの厳つい山男に出会った日のことを思い出す。


(この感じ懐かしいな。まるで秋山先輩みたいだ)


 今回と同じように白い歯を見せて肩を叩かれたことは、今となっては懐かしい思い出だ。

 レンが昔を懐かしんでいると、オーガストやノーヴェ、竜人ドラゴニュートが、目を大きく見開き、肩を叩いた騎士を凝視する。

 しかし、それは瞬きほどの時間で、次の瞬間にはオーガストの瞳が怒りで充血し始めていた。

 オヴェールは正面に座るオーガストの様子から、あの金髪の青年が竜王だと確信していた。

 同時にこのままでは不味いと直ぐに騎士を呼び寄せる。


「お前たちはこちらに座るのだ。余り他の国の者に関わるな」

「陛下、我々は普通に話をしていただけですが……」


 護衛として同行していた近衛騎士団の精鋭たちは、不思議そうに互の顔を見合わせていた。

 唯一、助言役として同行していた宮廷魔術師のセルゲイだけが、その真意を察し、あの青年に何かあるのだろうと横目で鋭く観察している。


「国が違えば文化も違ってくるだろう。何が失礼に当たるか分からぬ」

「……確かにその通りです。失礼いたしました」


 騎士たちは納得すると、オヴェールの居る中央近くに座り直した。

 オーガストが瞳を閉じて落ち着くのを見て、オヴェールは胸を撫で下ろし表情を和らげる。

 微かにオーガストの歯軋りが聞こえていたため、あのまま騎士が無礼を働いていたらと思うと、小さく体を震わせた。

 オヴェールの言葉に従い、騎士たちは口を固く閉ざす。下手に話しかけて相手を不快にしないとも限らない。

 レンもオヴェールの言葉にならい無言のままだ。


(国王の前では普通に会話も出来ないのか……。息が詰まりそうだな)


 なんとも重い空気が流れて時間だけが過ぎ去り、程なくして目的の場所に辿り着いていた。

 外の様子を見るためゴンドラの屋上に出ていたノーヴェは、帰ってくるなり小さく溜息を漏らす。

 報告に注目が集まる中、ノーヴェはソファの手前で恭しく一礼し、そして重い口を開いた。


「申し訳ございません。どうやらサウザント王国は、ドラゴンの出現により混乱しているようです。今は王都上空で旋回しておりますが、とても降りられる状況ではございません。暫く様子を見て、混乱が収まるのを待とうかと思います」


 各国の王は当然と言わんばかりに頷いた。ドラゴンが10体も上空を旋回しているのに、混乱しない方が可笑しいのだ。

 オーガストはレンの様子を一度確認して表情を曇らせる。

 ドラゴンでの示威行為はオーガストの案である。上手くいかず、剰えレンを待たせることに苛立ちを覚えていた。


「仕方ない。私が単身で乗り込み話をつけてくる。それなら問題あるまい」


 オーガストの馬鹿げた提案を聞いて、ノーヴェは呆れるばかりだ。


「恐れながらオーガスト様。国王が単身で乗り込むのは賛成出来かねます。もう少し立場をお考え下さい」


 ノーヴェの言葉は、オーガストを心配しての発言では無く、国の体裁を気にしての発言だ。例え手傷を負わないと分かっていても、他国へ国王自ら単身乗り込むなど馬鹿の所業である。

 オーガスト個人が馬鹿と思われても一向に構わないが、竜王国の王が馬鹿と思われるのだけは我慢がならなかった。

 反対されたことでオーガストの怒りも沸々と湧き上がる。立ち上がりノーヴェを睨み付けると、空気が一瞬で張り詰めた。

 竜王の貴重な時間を奪うことは罪だ。


「では聞くが、お前が言う暫し待つとはどの程度だ! 1時間か、それとも1日か! 混乱が収まるまで、お前はであるこの私に、この場で待てと言うのか!」


 竜王と強調したのは、レンを待たせるつもりかと問い正したからだ。

 オーガストの言葉は一理あるが、国としての体裁を気にするノーヴェは無言で睨み返す。肌を刺すような殺気が部屋に充満し、二人の険悪なムードにレンは顔をしかめた。


「オーガスト様。確かにノーヴェ様の言われる通り、国王が単身で向かわれるのは問題があると思われます」


 自分の意見が否定されたことで、オーガストの首が錆びた歯車のようにぎこちなく動いた。向けた視線の先に見たのは声を発したレンの姿だ。

 オーガストは何かを訴えかけるように口を僅かに動かすが、言葉が出ないのか声は聞こえてこない。

 顔色が悪くなるオーガストにレンはニコリと笑いかける。


「オーガスト様の共として、ノーヴェ様と私も同行しては如何でしょうか? ノーヴェ様はどう思われますか?」


 尋ねられたノーヴェの返事は決まっている。

 竜王がそうしたいと言っているのだから、そうあるべきなのだ。


「私に依存は御座いません。国王が護衛として共を連れているのであれば、ある程度の体裁は保てるでしょう。もちろん、オーガスト様も依存は御座いませんね?」


 ノーヴェは断るなよと暗に釘を刺す。

 オーガストにしても悪くない話だ。自分の意見も汲まれているし、何よりレンの態度を見ても嫌われた様子はないからだ。

 意見を否定されたときは、もう側には居られないと絶望していたが、今はレンの笑顔を見て心の中は晴れ渡っている。


「当然だ」


 オーガストが了承すると、ノーヴェはヒューリとオヴェールに視線を移した。


「先ずは我々三人が話を纏めてきましょう。お二人はこの場で暫しお待ち下さい」


 ヒューリとオヴェールは顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。例え同行を申し出たとしても、足手まといと言われるのがオチだ。


「それでは我々はここでお待ちしております」

「気を付けるのだぞ」


 二人の承諾を得て、オーガストとノーヴェは扉の方へ歩き出す。

 レンも後を追い、扉の前で三人が揃うと、入り口の扉は風をものともせず一定の速度で開いた。

 ゴンドラの中に強い風が吹き込み、ヒューリとオヴェールは思わず顔を腕で覆う。視界が途切れた僅かな時間に、扉の前に立つ三人は姿を消していた。

 再び一定の速度で扉が閉まり風が無くなると、オヴェールの隣に座るセルゲイが口を開いた。


「竜王国の方々は誰も居なくなりましたな。見たところ、オーガスト様とノーヴェ殿は仲が悪いように感じましたが……。あのお二方を一緒に行かせてよろしかったのですか?」

「問題はあるまい。それに……」


(あの青年も同行している)


「それに?」

「いや、何でもない。三人が戻るまでゆっくり待とうではないか」

「そうですな。神をも従えるオーガスト様が、手傷を負うことなど想像すら出来ませんからな」


 セルゲイの言葉に笑みを浮かべて、オヴェールはソファの背もたれに体を預けた。

 緊張から疲れが溜まっていたのか、「ふう」と息をつくと、瞼が重くなり自然と瞳は閉じていった。

 オヴェールは暫しの休息につく、話が上手く纏まることを祈って。 




 同じ頃、サウザント王国の王都では国民が逃げ惑っていた。

 上空を舞う10体のドラゴンに怯えて走り出す者、または家屋の中に隠れる者、とにかく街は手が付けられないほどの混乱に陥っている。

 流石にドラゴンに乗って使者が来るとは予想すらしていなかったことだ。

 城を守る衛兵は大慌てで地対空バリスタに矢を番え、魔術師たちも城壁に上がり、魔法を放たんと上空を見上げていた。

 ドラゴンの襲撃に備えて、城の衛兵は城壁の上を忙しなく動き回る。

 混乱の最中、城の中では立派な顎鬚を蓄えた一人の老人が、地下へ足を運んでいた。

 老人の名はトマス・フロイ・ディ・サントス。サウザント王国の国王であるが、護衛も連れずに一人で行動しているのには理由があった。

 地下の最奥は一部の者しか知らない、言わば国の秘匿された場所だからだ。

 下に続く階段の壁には、等間隔に明かりを灯す魔道具マジックアイテムが備え付けられ、その僅かな光を頼りに、サントスは薄暗い階段を下へ下へと降りていく。だが、決して逃げるために階段を降りているわけではなかった。

 最下層には開けた空間が広がり、奥へと向けた視線の先には、魔法陣が彫られた石造りの頑丈な扉が見えた。

 サントスが歩みを進めて扉に手を添えると、彫られた魔方陣が光を放ち、扉が鈍い音を立てながら開かれていく。

 扉に先から明るい光が差し込み、サントスは眩しさから目を細めた。

 徐々に明るさに目が慣れて、サントスはくだんの人物を見つけるため、視界に入った部屋を見渡す。

 目の前の部屋には豪奢な寝具や調度品が置かれ、床にはふかふかの絨毯が敷き詰められている。絨毯の下で見えないが、床には感知遮断の魔方陣が彫られていることも知っていた。

 部屋の壁際に置かれたベッドに視線を移し、その上で大の字になって寝ている少女を見て、サントスは歩み寄る。


「インドラ様、起きて下さい。インドラ様」


 サントスが少女の体を揺すると、少女は目を擦り、ムクッと起き上がった。

 年の頃は10歳くらいだろうか、褐色の肌に金髪の髪を靡かせ、少女は低い身長とは不釣り合いな、豊満な胸を揺らしていた。

 大きめの黒い着物を着崩しているため、胸の大半が露わになっているが、インドラと呼ばれた少女は気にする様子もない。

 寝惚けたままの頭で迷惑そうに口を開いた。


「なんじゃ爺。儂に何ぞ用か?」


 爺と呼ばれたのは勿論この国の国王サントスだ。

 もしここに第三者がいれば驚いたことだろう。何故ならインドラはサントスの身内では無く、赤の他人だからだ。

 国王を爺と呼ぶだけでも不敬罪で処罰されかねない発言だが、インドラは気にする様子は無く、また爺と呼ばれたサントスも当然の様に受け入れていた。


「お久し振りでございます、インドラ様」

「挨拶はよいのじゃ。要件を言え」

「はい。ドラゴンがこの城の上空を旋回しております。如何いたしましょうか?」

ドラゴンじゃと?」


 インドラは一瞬自分を追ってきたのかと身震いするが、この部屋にはドラゴンの気配を遮断する特殊な術式が施されている。

 昔の事を思い出し、インドラの表情に影が落ちた。


(あれから千年も経つのじゃ。如何に執念深い奴でも、いい加減にほとぼりも冷めていると思うんじゃが……)


 悩みは次の一言で解消された。


「今日は他国より使者がやってくる予定なのですが……」


 亜竜の中には人間が調教し、従えている種族もいる。インドラは使者がそれに乗ってきたのだと直ぐに悟った。それならば納得がいくし大したことではない。亜竜程度なら人間にも殺せるし、自分が出ることもないだろうと安堵する。


ドラゴンは上空を旋回しているだけなんじゃろ? ならば使者ではないのか?」

「やはり、そう思われますか?」

「この国を襲うつもりなら、もうとっくに襲ってるのじゃ」

「使者の対応は如何いたしましょう?」

「んなもん知るか! 儂には関係ないのじゃ」


 サントスはどうしたものかと頭を悩ませる。

 使者なのだから襲ってくることはないだろうが、相手はドラゴンを従える実力者だ。こちらを欺いて暗殺しようとすれば、抵抗の余地なく殺されるのは目に見えていた。

 国王が暗殺ともなれば国が乱れるため、それだけは避けなければならず、サントスは懇願するように願い出た。


「相手はドラゴンを従える実力者を伴っております。せめて少しの間だけでも、護衛として同行して欲しいのですが……」

「儂はこの部屋からは出られんのじゃ。もし奴に見つかったら、どんな酷い目に合わされるか分からん」

「またそれですか……。もう千年も前の話ではありませんか? いい加減に相手もインドラ様のことなど忘れておりますよ」

「確かにそうじゃが、万が一ということもある」

「もし護衛をしてくれたら、大好きなお菓子を沢山ご用意いたしますよ」


 お菓子と聞いて心が揺れ動いた。

 甘い物は今のインドラに取って唯一の娯楽だ。普段は甘い物ばかりでは体に悪いと制限されているため、思う存分お菓子を堪能できるのは魅力的な提案である。

 鼻に抜ける甘い香り、口に広がる至福の味、それらを思い浮かべてインドラの答えは直ぐに出た。


「仕方ないのう。後で礼として必ず菓子を持ってくるんじゃぞ? 忘れたら爺の言うことは二度と聞かんからな」

「勿論ですとも」


 インドラはベッドから飛び降りると、着物の裾をズルズル引き摺りながら歩き、結界の施された部屋から数年振りに外に出た。

 結界の外に出てドラゴンの気配を感知できるようになると、直ぐに外のドラゴンの種類を探る。

 天井を見つめて意識を集中して――


「……………………」


 絶句した。

 感じ取ったのはよく知っている気配だ。其処には今まで千年も逃げ続けていた相手がいた。嫌な汗が体から溢れ出し緊張で鼓動が早くなる。


(なんで奴が此処におる? 奴は他の大陸にいたはずじゃ……。まさか、まだ儂を探しておるのか?)


 呆然と立ち尽くすインドラに、サントスは怪訝な表情を見せる。いつもの我が儘で、やはり止めたと言い出すのかと肩を落とした。


「……おい、爺。ドラゴンって亜竜じゃないのか?」


 インドラは絶望したように小さく呟いた。

 いつもと違う様子にサントスも顔をしかめる。やはりあの数のドラゴンはインドラでも勝てないのか、と。


ドラゴンの特徴に照らし合わせますと、大型の下位竜レッサードラゴンが10体でございます。それだけの数が相手では、インドラ様も勝てませんか……。使者の言うことには従った方が良さそうですな」

下位竜レッサードラゴンなど儂の敵ではないわ。例え10体でも余裕で殺せるのじゃ」

「ならば何を警戒しておられるのですか?」

「あそこに奴がいる。儂を追っていた奴が……。しかも、上位竜スペリオルドラゴンの気配は二つあるのじゃ。最悪じゃ、逃げることも出来んじゃろ。もう終わりじゃ……」


 インドラが結界から出たことによって、オーガストもインドラの気配を感じ取ることが出来るようになっていた。

 レンの命令でカオスが上位竜スペリオルドラゴンを探していたとき、古代竜エンシェントドラゴンのカオスでもインドラの気配を感知出来ずにいた。そのため、もう死んでいるものと思っていたが、まさか生きていたとは予想外のことだ。

 オーガストは加速しながら地上に落下すると、城ごと地下の天井を貫いた。凄まじい轟音と共に天井が崩れ落ち、開けた天井から陽の光が差し込む。

 土煙が舞い上がる中、瓦礫の上には怒りで戦慄わななくくオーガストが姿を現し、インドラの姿を見つけるなり嬉しそうに口元を歪めた。


「久し振りね、インドラ。随分と元気そうじゃない」

「ひ、久し振りじゃな、バハムート。お主も息災で何よりじゃ」

「むかし私の城で暴れ回ったこと覚えてる?」

「あ、あれは、ちょっとした手違いじゃ。ゆ、許してほしいのじゃ」

「私の留守中に下僕しもべを殺しまくって、手違いですむと思っているの?」

「ほ、本当に申し訳なかったのじゃ、この通りなのじゃ」


 インドラは土下座し、地面に頭を擦りつけながら懇願する。

 だがオーガストの怒りは収まらない。下僕しもべを殺され、城は破壊され、蓄えていた財宝は盗まれた。土下座程度で許されることではない。あの時の光景を思い出し、怒りが更に込み上げてくる。

 どうしてやろうかとインドラに歩み寄ったとき、上空からレンを伴いノーヴェが降りてきた。

 二人は球体状の風を纏い、ふわりと瓦礫の上に降り立つ。

 レンはオーガストが急に飛び出たことに不安を感じ、急いで後を追ってきたのだが、状況が分からず混乱するばかりだ。

 土下座をしている少女と腰を抜かした老人を視界に捉えて、訳の分からない状況に、レンは大きく顔をしかめた。




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