第22話 竜王国7

 食事をしながらレンは考え事をしていた。

 腹がある程度満たされると、僅かに皿に残ったスープにスプーンを沈め、円を描くように動かし始めた。視線は皿の中央を見つめたままで、心ここにあらずだ。

 

(俺の所在が分からなくなるだけで、争いの種が起きている気がする。携帯電話のように、離れた場所で会話ができる魔道具がないと不便だ。後は城の中を移動するだけで、一時間以上も時間が掛かるのは論外すぎる。早急になんとかしたいがどうすればいい?)


 レンは隣に座るアテナをそれとなく横目で眺めた。


(アテナか……。この城を造ったのは彼女だ。そう考えると、どうにか出来そうなもんだが……)


 書庫で聞いたニュクスの話では、魔道具アーティファクト古代竜エンシェントドラゴンなら誰でも作れるらしいが、その中でもアテナが一番上手いとのことだ。ならば頼むべき人物は決まっている。


「アテナ、離れた場所でも会話ができる魔道具を作れないか? 出来れば手軽に持ち運べる物がよいな」

「離れた場所で会話ですか? 確かに何時でもレン様のお声を聞けるのは名案でございます。私が必ず最高の品をお作りいたします」


 アテナは身を乗り出して迫るように答えてくる。その瞳は恋する乙女のように潤んで、今にもレンに抱きつかんばかりだ。


(だから、なんでお前たちはそんなに圧が強いんだ……)


「で、ではよろしく頼む。ここにいないカオスの分を含め、最低でも17人分、出来れば予備を含めて20人分作って欲しい」

「お任せ下さい」


 アテナは機嫌良く返事をして、ニュクスとヘスティアにドヤ顔をしている。

 争いの種が生まれそうで胃の痛くなる話だ。アテナが再び椅子に深く腰を落とすのを確認して、レンは次の問題を切り出す。


「それと城内の移動に時間が掛かりすぎる。何とかならないか?」


 我先にと口を開いたのはニュクスだ。


「レン様、それなら私が転移門トランスゲートをお作りいたします」


転移門トランスゲート? 初めて聞く名前だ。色んな本を読んだがそんな物は書かれていなかったな)


「ニュクス、その転移門トランスゲートとはなんだ?」

ゲートを通じて他の場所に一瞬で移動できる魔法です。魔法であれば数分で消えますので、半永久的に移動できるように、魔道具としてご用意いたします」


(一瞬で移動できるなんて凄いじゃないか! これで城内の移動に時間を掛けなくてすむ。だが魔道具ならアテナの方が良くないか? 魔道具の創世はアテナが一番得意なはずだ)


「魔道具ならアテナに任せるのがよいのではないか?」

「そうですね。私にお任せいただければ、必ずやご満足のいく物をご用意いたします」


 自信満々に答えたアテナに対し、ニュクスは自分の仕事を取られまいと即座に異を唱えた。


「レン様、お言葉ですがアテナは他の魔道具を作るように命じられたばかりです。二つ同時では効率が悪いのではないでしょうか?」


 ニュクスの顔は笑っているが目が笑っていない。アテナに向けた瞳の奥では、横取りしてんじゃねぇよ! 引きずり回すぞ! と、脅しを掛けていた。

 アテナはそれを、ふん! と、鼻で笑う始末だ。当然このやりとりは秘密裏に行われている。

 それでもレンの第六感が働いたのか、危険を回避すべく思考が働いていた。


(確かにニュクスの言う通りだ。二つ同時では効率が悪い。それにアテナにばかり任せたら、また争いが起こる)


「確かにその通りだな。ニュクス、お前に任せる」

「お任せ下さい。最高の魔道具をご用意いたします」


 ニュクスは嬉しそうに一礼すると、勝ち誇ったようにアテナを見つめた。そんなやり取りを見てヘスティアは顔をしかめる。

 ヘスティアは食料の大量生産に携わっているため、魔道具にまで手が及ばない。これも大事な任務だと承知しているが悔しくて仕方ない。そんなヘスティアの悲しそうな表情にレンも気付く。


(ヘスティア? そうか……、毎日お前は離れた場所で作業してるもんな。仲間外れにされていると感じても仕方ないか……)


 レンからしてみれば全員大切な配下だ。

 特別に誰かを贔屓しているつもりはないが、得意分野の違いから、割り振る仕事にはどうしても差が出てしまう。

 ヘスティアは唯でさえ居城から離れた農場プラントに出向き、レンと居られる時間は限られている。

 それはレンも気にはなっていた。だから優しく慰める。


「ヘスティア、毎日お前だけ農場プラントに出向かせてすまんな。だが食料の確保は、国を立ち上げるためにも大切な役目だ。決してお前をないがしろにしているわけではないからな」

「レン様……。はい、心得ております」


 ヘスティアの瞳からは涙が零れ落ちる。優しいレンの言葉はヘスティアの心を癒すように染み渡った。


「ニュクス、アテナ、ヘスティア、お前たちは私にとって大切な家族だ。三人に優越を付けるつもりはない。だからもう少し仲良くしてくれ。家族がいがみ合う姿を私は見たくないのだ」

「大切……」

「私たちが……」

「家族……」


 ニュクス、アテナ、ヘスティアは互を見つめ、そしてレンに視線を移す。

 大切な家族とまで言われ嬉しくないはずがない。だが嬉しさの余り思考が働かないのか、上手く言葉が出てこない。

 三人は頬を染め、熱で浮かされたように呆然としていた。オーガストたち上位竜スペリオルドラゴンは、その光景を羨ましそうに眺めている。

 自分たちもいつかは家族と呼んでもらえるだろうか? そんな思いが脳裏を過ぎっていた。


 レンは食事が終わるとニュクス、アテナ、ヘスティアの案内で寝室まで移動した。書庫から持ってきた本は三等分し、それぞれが大切そうに抱えている。

 食堂から寝室までは40分も掛かり、レンは肩を竦めて呆れ果てた。下位竜レッサードラゴンの住処を考慮しても、城の大きさや部屋数は明らかに異常だ。

 三人はレンの寝室に入るなり、楽しげにテーブルの上に本を並べていた。一緒に歩いている時もそうだが、レンには何が楽しいのかさっぱり分からない。自ずと訝しげな視線で三人を眺めていた。


(もしかしたら俺と一緒に歩きたいから、無駄に巨大な城を造ったんじゃないだろうな?)


 邪推するも、三人の笑顔を見てレンの顔は僅かに綻んだ。


(……まぁいいか、彼女たちが幸せそうにしているんだ。転移門トランスゲートは準備に時間が掛かっても黙っておこう。これだけ歩けば運動不足の解消には丁度いいかもしれない)


 寝室に本を運ばせた後、三人は名残惜しそうに寝室を後にした。

 レンはテーブルに積まれた本を横目で見る。続きを読みたい衝動で手を伸ばすも、汗で張り付く衣服に顔をしかめた。

 隣接する風呂場を思い出すと、移動で汗ばんだ服を脱ぎ捨て風呂場へと歩き出す。手前には広い洗い場、奥には銭湯のような大きな湯船が見える。


「これで大浴場じゃないなんて、一体どうなってるんだ? 大浴場どんだけ広く作ったんだよ」


 風呂場はレンの地球での家が丸ごと入る大きさだ。

 一般的な銭湯よりも大きい。しかもお湯は掛け流しで、湯加減も丁度いいときている。サウナはないが言えばきっと作ってくれるだろう。

 レンは体を軽く流すと、湯船に浸かり浴槽に体をもたれかけた。


「こんな大きな風呂に俺一人は贅沢だよな」


 よく温まり風呂を堪能する。程なくして風呂から上がり脱衣所で体を丁寧に拭いた。着替えがないかチェストを開けていると、タオル地のナイトガウンの様なものを見つけて袖を通した。


「これはいいな。今度から寝るときはこれにしよう」


 寝室に戻ると一冊の本を手に取り、ベッドに倒れ込んだ。

 うつ伏せになると枕元に本を広げてページを捲る。それは英雄譚が書かれた書物、地球でのライトノベルのような冒険が書かれたそれは、レンの心を躍らせた。

 地球では空想の夢物語だが、この世界では現実に起こった本当の話だ。その内容はレンの好奇心に火を付けるには十分だった。

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