第46話 未踏破領域

「鉄製のゴーレム……こんなの、よく倒せたね……」


 ユナの声は、いつもよりテンションが低い。


「相当、苛烈な戦いだったらしい……被害が大きくなった要因は、退く勇気を持たなかったことだ。何しろ、国王の弟がすぐ後に控えた、国家的な討伐作戦だったんだ、命に代えても手柄を欲しようとしたんだろう」


「……でも、それで何も見つからなかったんでしょう? 死んだ騎士が報われないわ……」


 ユナは、小さく祈りの言葉を口にした。


「……では、探索を続けるとするか。タクヤ、ここから先に大きな台座のある部屋があるんだが、その方向、分かるか?」


 アクトが、試すように声をかけてきた。


「台座があるかどうかは分からないけど、貴方から出ているラインは、向こうの方向を指している」


「……向こう、だと?」


 アクトは俺が指差す方向を見て、怪訝な表情を浮かべた。

 この大部屋からは、三つの通路が延びている。そのうちの最も左手に、糸は続いていたのだが……。


「……そっちは台座の部屋には通じていないが……どのみち、台座以外何も無い部屋だから意味はない。ならば、タクヤの占いを信じて進む方が良さそうだな……」


 ということで、一同、俺の指示通りに進んでいくことになった。


 俺としては、別に特別な魔法を使っているわけでもなんでもなく、ただラインの伸びる方を示すだけなのだが、この迷宮、奥に行けば行くほど複雑に入り込んでいて、現在どこにいるのか全く分からなくなってしまった。


「……ずいぶん無計画に進んでいるようにも見えるが……帰り道、分かるのか?」


 と、アクトが心配そうに声をかけてきて、ユナは、えっ、と声を上げた。


「ちょっと、アクト……ひょっとして、帰り道、知らないの?」


「いや、俺は分かる……分岐点ごとに目印が記されているからな。前の討伐隊がつけた物だが……もし俺が本当に迷子になったり、はぐれたりしたら、出られなくなるんじゃないのか?」


「ああ、それなら大丈夫だよ。ジル先生さえいてくれれば、出口は分かる」


「……どういうことだ?」


「前に言わなかったっけ? 俺には、ジル先生のラインが見える。そのラインは、洞窟や迷宮に入っているならば、その出口を指し示してくれるんだ」


「なるほど……そいつは便利だな……」


 ジル先生はそれを聞いて、咳払いをして照れていた。


「ついでにいうと、たとえこのパーティーが二手に別れたとしても、向こうにミウ、こっちにユアン、またはその逆だったなら、二人のラインはつながっているから、それを辿れば合流することができる」


 俺のこの言葉に、二人とも赤くなっていた。


「だったらタクヤ、おまえ自身はどうなんだ?」


「……幸か不幸か、この能力、自分自身には使えないんだ……だから、俺は自分から伸びるラインは見ることができない」


「……そいつは残念だな……よりによって、自分の相手が見えないなんてな……いや、待てよ……だったら、ユナはどうなんだ?」


 興味を惹かれたらしいアクトが、そう聞いてきたのだが……ユナの方を見ると、こっちを睨んでいる。


「……タク、余計なことは言わなくていいからね……」


 それを聞いてから、改めてアクトの方を見ると、彼は肩をすくめて、おどけて見せた。

 ミリアについては、聞かれなかった。


 それから、一時間ぐらい進んだだろうか。

 この迷宮、大きすぎる……。


 相変わらず頑丈そうな石造りで、高さ約二メル、幅は二人並んで歩けるぐらいの状態が、ずっと続いている。


 もう、いくつ分岐を超えたか数えていなかったが、アクトによれば二十三回らしい。


「……行き止まりだな。まあ、ここまで袋小路に突き当たらなかっただけでも大した物だがな……」


 辿りついたのは、アクトが言うとおり、何の変哲もない行き止まりだった。


「いや……何かおかしい……貴方から伸びるライン、この壁の奥に突き進んでいる……」


「……壁の奥、だと? まさかな……」


 アクトはそう言うと、ダガーを抜き、その柄頭で壁を叩いた。

 ガシッ、ガシィという鈍い音で、突き当たりの部分も、その左右の壁も、同じような音が返ってきた。


「……隠し部屋があるっていうふうには見えないが……この壁の中に何かあるということか?」


「多分、そうだ……ユナ、『魔力探知』使ってみてくれるか?」


「分かったわ」


 ユナは、俺の指示に従って魔力探知の魔法を使ったが、特になにも見つけられないようだった。


「……本当に、この奥につながっているんだな?」


「ああ、間違いない……何かあるはずなんだけどな……ユアン、その剣の斬撃、飛ばしてみてくれないか?」


「わかった……やってみる」


 彼はそう言うと、オルド公から借りたという魔剣を、やや引き気味に構えた。


延長剣突ロング・ソウ!」


 剣が白く伸びるかのように輝き、目の前の壁を直撃。

 と、ピキン、という音と共に、石造りの壁に複数の亀裂が走った。


「……なんだと!? この丈夫な壁に、ヒビが……こっちの壁も試して見てくれないか?」


 アクトが少し興奮気味にそう話し、ユアンもそれに応じて、右側の壁に同じ技を使ったが、特に変化はなかった。


「……やはり、この正面の壁だけ脆いようだな……さっきの技、こっちだけに続けてくれるか? ……いや、待て、何かの罠かもしれない……」


 アクトはそう呟くと、ユアンと彼以外は十メル以上後方下がらせ、自身も剣を抜いて警戒。

 その上で、改めてユアンにさっきの技を使うように指示した。


 そしてユアンが数回、延長剣突ロング・ソウを使っただけで、正面の壁は崩れ落ち、さらに奥へと通路が延びた。

 特に罠が仕掛けられている様子もなかった。


「……なんということだ……こんな単純な……いや、しかし叩いた音を聞いても、魔力探知でも分からなかったんだ。こんな仕掛け、見破る方がおかしい……いや、タクヤがおかしい訳じゃない。その能力がえげつないだけなんだ……」


 アクトは目を見開いて驚いていた。

 また『えげつない』って言われたか……あんまり褒め言葉には聞こえないな……。


 とにかく、そこから先は未踏破領域となる。

 さっきまでとは比較にならないほど、慎重に進んでいく。


 ほとんど分岐がないまま、百メルほど歩くと、突然目の前に空間が広がった。

 そして約一メルほど下方には、大量に水が存在するようだった。


「……ここは……貯水池? いや、なにかの試練か……まさか、ここを泳げ、という事じゃあないだろうな……」


 そう考えて辺りを見回したが、幅三十メル、奥行き五十メル先に渡って水が溜められており、それを超えるとまた通路が続いているようだった。


 ここを渡らねばそこに辿りつけない。また、ラインはその奥に続いていた。


「……なんか、罠っぽい……」


 俺はつい、そう呟いてしまった――。

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