第14話 ハンターライセンス

「うん、なかなか立派ね。お金をかけた甲斐があったわ」


 時刻は早朝。

『ユナ上級ハンター依頼受付所』の前に設置された看板を見て、彼女は満足げに何度も頷いていた。


「……こんな街中から外れたところに受付事務所なんか作って、どういうつもりだ?」


 俺は、ユナが『タクヤ結婚相談所』の隣に店を出した事を、表面上は呆れ、内心は喜びながら、そう苦言を呈した。


「いーの。ここなら、場所が離れているからギルドからも文句は言われないでしょうし。それに、タクの占いによっては、相手を見つけるのに護衛が必要になるでしょう?」


「そんな、上級ハンターが必要な状況なんて滅多にないよ」


「この前、真竜と二回も戦ったじゃない!」


「あれは例外だろう? 毎回あんな目に会ってたら身が持たない!」


 苦笑しながら、そんな冗談を言い合っていた。


 ちなみに、結婚相談所がらみの護衛の依頼であれば、通常よりかなり割引するそうだ。絶対、興味本位だ……。


 あと、結婚相談所の助手も続ける、ということだ。

 やっぱり興味本位にしか思えないが、これはこれで、実は助かる部分もある。依頼者が女性だったりした場合、女性スタッフでしか尋ねにくい質問というものもあるからだ。


 さっき言ってたギルドに関しては、ハンターは直接依頼を受けてはいけない、という決まりがあるわけではないのだが、やはりサウスバブル支店のすぐ側で堂々と事務所を構えるのは印象が良くない。


 ちなみに、俺達が営業している場所は、港街であるサウスバブルの中でも高台のほうだ。

 中心地からは十五分ほど上り坂を歩かなければならないわけで、利用者にとってはやや不便だ。まあ、その分家賃は安いのだが……。


 星一つ、つまり初心者のハンターが個人で営業所や事務所を開設しても、わざわざ相談に来る人はまずいない。ギルドの公式掲示板を確認する方がずっと手っ取り早い。

 ユナのように上級になって初めて、個人で事務所を構えて採算がとれるようになってくる。


 また、ハンターと言ってもいろいろ種類があるが、ユナの場合は近距離の旅の護衛や魔獣・妖魔討伐、捕獲という、『目的がはっきりしているもの』に限定されるという。


 『○○を探す』というような曖昧なものは基本受け付けない。

 そういう意味では、俺の結婚相談所とは路線が異なるのだが、ユナ曰く、

「占いで曖昧な目的が明確になれば、当然それを求めるはず」

 ということで、並んで店を出すメリットはあるらしい。


「……ところで、タクはハンターの資格、取らないの?」


「ハンター? いや、考えた事もなかったな。元々、争いごとは苦手だし」


「でも、場合によってはこの前みたいに依頼者に同伴するのよね? 相手としても、何の資格も持たない素人だと、不安に思うんじゃない?」


「うーん……そう言われてみればそうかもな……でも、そんなに簡単に資格、取れるのか?」


「筆記試験と適性試験、面談があるけど……タク、結構体、鍛えているみたいだし、大丈夫なんじゃない? 私が模擬試験、してあげる!」


 と、ユナの強引な誘いもあって、とりあえず店の前、細い道を挟んだ反対側(空き地になっている)で、木剣を使った剣術の練習をする羽目になった。


 ちなみに、冒険者ギルドではいくつかの資格が取れるのだが、大抵は冒険者と言えばハンターの資格だ。これは魔獣や妖魔が増えてきており、それを倒すことが手っ取り早い収入源となっているためだ。


 魔獣は倒されると、角や牙、毛皮といった素材の他に、『魔核』という石のような物を残すことがある。また、『妖魔』と呼ばれる生命体は、逆に『魔核』しか残さない。

 これらは、魔力を帯びた道具の材料や、大きい物は動力源として利用できるため、高値で売れる。


 ただし、その採取にはある程度危険を伴うため、ハンター資格のない者は、自衛の場合を除いて、それらと戦う事は禁止されているのだ。

 もっとも、俺はそんな危険な仕事をするつもりはさらさらなかったのだが……。


 ユナとの練習の中で、まず試させられたのが、『投擲とうてき』の技術だ。

 これはハンターとして必須ではなかったのだが、例の真竜との戦いにおいて、俺が二回も敵にダメージを与えたので、もっとじっくり見てみたいと言われたのだ。

 そこで、適当に石を拾って、誰もいない林の方向に向かって遠投してみせる。

 その飛距離に、ユナは目を丸くしてした。


「……どうしてそんなにフォームが綺麗なの? そんなに飛ばせるの?」


 俺は、そういう仕事(きこり、およびナイフ投げを主体とする狩人)だったことを説明した。


 また、練習用の木剣でフルスイングして見せると、剣術でも十分やっていける、と太鼓判を押された。

 あとは、冒険者として基本的な知識……魔獣と妖魔の違いや、傷を受けた際の応急手当などを簡単に教えてもらい、その日の午後に一人で冒険者ギルドに向かい、試験を受けた。


 体力測定も問題無く、一発合格。その日のうちに、初級ハンター(星一つ)のライセンスが交付された。

 普通、それなりに鍛錬を積んだ者でも合格率は半分ぐらいということなので、子供の頃から仕事で体を鍛えていたことは、それなりに役だったということだ。


 魔力も調べてもらったのだが、こちらは今のところ冒険者としては普通らしい。

 ただ、いままで使用したことのない分野なので、今後の訓練次第で伸びる可能性はあるという。といっても、いわゆる『魔力の流れ』なるものを感じるまでが一苦労らしいが。


 真新しいカードを持って、結婚相談所に帰ると、隣の店舗の前に馬車が止まっている。

 俺の姿を見つけたのか、ユナが出て来た。


「おかえり、どうだったの?」


「ああ、おかげで無事、ライセンス取れたよ」


「本当? 凄いね、一発で……って、私もそうだったけど……それより、お客さん来てるわよ。もうすぐタク、帰って来るからって私の店で待っててもらってたんだけど……」


 と、そんな話をしている途中で、その女性はユナの店から出て来た。

 歳は、四十歳手前ぐらいだろうか。

 上品な感じで、着ている服も高級そうだ。


「……貴方が、タクヤさん? 良かった、せっかく来たのに、夕方まで帰らないって張り紙していたから、途方に暮れていたんですよ……ずいぶんお若いのですね。ジル先生が言っていた通り……あっ、申し遅れましたね、私はイリスと申します」


 と、貴族っぽい、優雅なお辞儀をしてくれた。

 そんな挨拶をしてもらったのは初めてだったので、ドギマギしながら、


「あ、すみません、お待たせしてしまって……私が、タクヤです。ジル先生のお知り合いなのですね」


 と、慌ててお辞儀をした。


「タク、もうすぐ帰って来る頃だと思っていたから、私の事務所でお茶をしながら待って頂いたの。私のことも、ジル先生から聞いていたみたいだったから」


 なるほど、それは話が早い。口コミって、どこの世界でも重要なんだな。


「では、早速店を開けますので……えっと、イリスさんの結婚相手を占うのでよろしかったでしょうか?」


 と尋ねると、一瞬、きょとんとした表情を浮かべて、


「いえいえ、私じゃないですよ」


 と、苦笑しながら、ユナの店の方に向かって、なにやら手招きをしていた。


 扉を開けて出て来たのは……十代半ばの、まだ若干あどけなさの残る、おとなしそうな、それでいて可憐な少女だった。

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