五年目の流氷

 冬のある日、近いような遠い場所から訪れるものがある。ロシアのアムール川が凍ってできたそれは、流氷となり北の大地の海岸へ押し寄せる。桃でなくとも「どんぶらこ」は使ってもいいのだろうか。ダメでも伝わりやすさのために使わせてもらうが、そう、どんぶらこどんぶらこと流れつくのである。海岸にぶつかり、隙間を埋め、海原は氷原へと姿を変える。壮大さはいうまでもない。

 流氷がくると風がいっそう冷たくなる。海辺の町でなくとも感じるほどだ。逆に海岸から離れると暖かくなる。流氷は春が近づくと、三寒四温にあわせていったりきたりすることになるのだ。

 二月の初め、びっちりと海を埋め尽くす氷に人々は集まりだす。私もまたそのうちの一人。寄り道をしつつたどり着いたとある岬で、夕焼けと流氷が出会う美しさを見た。岬の突端へ一番近い駐車場に車を置いて、そこから二十分ほど歩く。ふりかえる後方にそびえる山々は残念ながら雲に隠れてしまっていた。その美しさは過去の記憶で補完するとして、再び歩き出す。シカの鳴き声が聞こえた。警戒されているのか、仲間を呼ぶような声だ。少し遠くの林に姿がある。そのまた向こうに人影が。スノーシューを履き、カメラを手に夕焼けを待つ人であった。まだ太陽は直視できないほどの位置にあり、展望台へ足は急ぐ。ほどなくして見えた海は淡い色に光り輝いていた。氷の厚さの違いからか鱗のようにも見える。「きれい」の他には「すごい」しか言葉は出てこない。岸壁から水が染み出してできた滝のおおよそが凍りつき、深い青を湛えている。凍らずに流れ落ちる、その音だけが響く。無意識に声を潜めてしまう静寂。だんだんと光を和らげて落ちていく太陽。五年目の流氷はこれまででいっとう美しかった。

 下っていくと、思い思いのポイントでカメラを構えていた人たちの帰り支度とすれ違う。あの時間を眺めていた他の人はどんな画を撮ったのだろうか。皆一様に笑顔だった。

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