第3話『男の子? 女の子? 不思議なササラちゃん』
詰め襟を脱ぎ捨て、ボクサーパンツを脱ぎ捨て、姿見の鏡の前で桐生ササラは自分の全裸を眺めてうっとりと品を作った。
高校に入ったばかりのササラだが、男の体にしては骨も細く、肩も華奢に見える、しなやかな体のラインを持つ少年だった。成長期ということでまわりは「これからどんどん大人の体になるぞ」と励まされていたのだが、彼自身、女装が趣味なのでこのままでもよいとさえ思っている。
スポーツブラを着け、スキャンダラスな事件を巻き起こすと言われるスキャンダラスパンティ――スキャンティをも身に着ける。色はともにピンクだ。股間の隆起はささやかに布地を押し上げている。
次いでストッキングを体毛の薄い足に穿き、セーラー服を身にまとうと、もう一度姿見の前で嘆息する。
「美しい」
ササラは二度三度とポーズをとる。お母さんもお父さんも、また褒めてくれるだろう。可愛いことこの上なかった。
「男児が女装など、かつては考えられぬことであったが。良き時代になったものぞ」
これでもう少し胸があればとやや残念に思うも、乳首だけは乳輪を含め、過度の鍛練によって極度に肥大を見せている。厚手のスポーツブラをつけていなくては目立つことこの上ない代物で、隠しきれぬ通学時には注目を集めること甚だしかったが、それもまた気持ちの良い視線であった。
さて、この格好で買い物に行こうと玄関を出た矢先のことだった。
「桐生ササラだな」
「誰だ」
ローファーを履き馴染ませながら、ササラは門の向こうに立つ天使に
「キューピッド新陰流、マリコ。乙女の願いに応じ、恨みはないが恋に落ちてもらいに来た。いざ尋常に勝負」
「乙女の願い? ふふふ、この界隈で人を
両手を丸めるようにハートマークを作り、胸の前で構え、片足を上げてポーズを作る。さしものマリコも唸る可愛さだった。
「愚かなりキューピッド。女装とは剣境の奥に入る妙薬。男女の性を統合し凌駕する我が剣の恐ろしさを味わわせてくれる。貴様の胸を削ぎ取って、ゼウスのもとに送り返してくれよう」
腰間から引き抜いた大刀が鈍色に光る。
「お相手仕る」
マリコも両手に五寸釘を握りこむ。
――構えが隙だらけだ。
それが誘いであることを看破しつつ、ササラはスカートのプリーツを乱さぬ足運びで間合いを詰める。彼我の距離がじわりと縮まり、二メートルのところでぴたりと止まる。
ササラが足を止めるその瞬間、マリコは一瞬、踏み込もうと重心を落とす。――が、そのまま足を出す前に、ササラが右半身となり、物打ちを右手で支える形でじっと腰を落とす。
柄頭は左手に握りこまれたままだ。
――守り。いや、受けだ。
マリコは内心舌を巻く。
腰に差す鞘に持ち上げられ、ミニスカートからちらりと下着が覗けそうになる。
「ふん」
視線が流された。そう思った瞬間、ササラの踏込とともに強烈な突きが繰り出される。前に出ることでササラの左に踏み込み、釘先を下からえぐるように鍵打ちに突き上げた。
ビシ。
マリコの攻撃を、ササラは肘を曲げる形で彼女の手首を打ち据え、ザっとばかりに半歩引き、そのままマリコの面に渾身の刀を叩き落とす。
踏み込めない。マリコは引いた。
引いたところに、跳ね上がるような斬り上げ。
思い切り踏み込みながらのそれをかろうじて避けると、マリコの体は門の外へと追いやられていた。
「そんな巨大な胸の割には身軽ね」
「そちらこそ、股間の軽さが技に出ている様子」
互いに、殺気のこもった視線を叩きつける。
「言ったな、糞天使」
ササラはこのキューピッドだけは頭蓋を粉砕してやらねばならぬと固く意識した。胸はそれからそぎ落とせばよい。
一瞬の、静寂と静止。
ススっと二歩歩み寄ったササラの真っ向斬り下しがマリコの頭頂を襲う。
その瞬間だった。
マリコは釘を手放し、ササラの柄頭を左手でがしりと迎えると、その柄の半ばに右手を添え、ズイとばかりに彼女の右で捻じり下げるようにその刀を奪い取った。
「妙技、『
無刀取りとは、その状況その状況で、一番良い方法を選ぶことの総称である。槍のときは槍の、刀のときは刀の、素手のときは素手の、一番良い方法を実行する在り様である。刀を奪うのはそのひとつであり、それだけに縛られる技ではなく、あくまでも術であった。
「くっ!」
苦し紛れに繰り出される右の裏拳を受け流し、マリコはササラの足を払うと彼を四つん這いにさせるや、己がスカートをめくり上げると雄々しくそそり立つそれをしごきあげ、ササラのストッキングと下着もろとも貫いて
「あっ!」
あらかじめ高粘度の天使汁を塗ってあったおかげだが、しかし正確にササラ穴の真芯をとらえて貫いたのはさすがキューピッド新陰流と言える。
ササラは苦鳴を上げたが、ぐりんと腰を回されると切ない喘ぎを漏らし始める。
「天使は両性を併せ持つ。侮ったな。――そら」
仰向けにひっくり返されると、尻をこすり上げられササラは明らかな快楽の吐息を漏らす。
「女装を主としていながら、貴様は牝の快楽を知らなかった。案ずるな
マリコは傍らに落としていた釘を二本とも拾い上げ、二本一緒に右手に握りこむ。
「今楽にしてやろう」
仰向けに蕩けたササラの心臓に、二本の切っ先を叩き込む。
――お見事!
感嘆の声よりも先に、ササラの体にピンク色の甘酸っぱい快感が走る。脳幹から背筋を通り丹田で爆発するその快楽に彼の脳髄は灼熱の恋に染め上げられた。
マリコが半ばまで刺さった釘から手を放すと、その二本の胴部に書かれた名前があらわになる。
その名も『伊庭是水』『麻里谷マドカ』。
ピンクな頭でその名を見たササラは、その名前にピンときた。
「女装仲間の男の子――」
「せいやぁ!!」
瞬間、クピド鉄槌落としが炸裂した。
釘頭に叩き込まれたそれは容易く彼の心臓を突きうがった。
「げうっ!」
マリコの拳が離されると、ササラは盛大に痙攣した。
今初めて、ササラは女としての絶頂を味わったのだ。
マリコはズルリと抜き去り、残心。
そして彼がすでに恋に落ちていることを確認すると、満足げに立ち上がる。
「貴殿が女になるとき、その美しさの前に女でいられる男が果たして何人いようや。――三人で末永く幸せにな」
翼を広げ、ビルの谷間へと飛び立つマリコ。
「これで揃った」
恋の戦いに身を置く彼女に、休息のときはない。
己が恋を成就させる、最後の標的を落とすまで。
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