第4章 小さな精霊と歯車
第19話 「寂しい」とは何?
星空や潮騒って、飽きることなく眺めたり聴いたりできませんか?
私の感じ方は、人と同じではありません。様々な物が見えたり聞こえたりします。そもそも私は人ではありません。こうして村が寝静まっている時間なら、それぞれが幸せな夢に包まれている様子が、潮騒みたいに感じられます。意識する範囲を広げれば王都や他国まで『潮騒』は重なって、星空と調和するんです。
「こういうの、好き」って、言える相手が居ないのは残念ですね。
神族達なら説明すれば想像してくれるのかしら?
でも、それどころではなさそうね。
今はそんな夜です。うちのお母様は、人間の暮らしに慣れていますから、夜は休みたいんです。お父様も付き合わされています。末の神こと叔父様も、まだ新婚でしょ?
豊穣神が25年後の未来で、碧の親友と夫婦になりました。彼女は現代では人間の暮らしをしていません。もっとも、神族にとって過去も未来も関係ないのですけれど。
・主神 ←頭固い
・美の神 ←美が全て・最近は末の神の教団長の影響も受けている
・叡智の女神
・私(母神)←口やかましい・夫婦の機微とか分からない
豊穣神からすると、私も含めた神族はこんな感じです。消去法で叡智の女神を捕まえていました。あの子は、人間の暮らしを選んでいませんから。
「結婚と恋愛の女神が特殊なのかと思っていたけれど」
「そう思うでしょ? 私も予想外なのよね」
「あなたは考える前に動くタイプだものね」
「あの人に『じつは、あなたが信仰してる豊穣神やってます』って話す時は、
どう伝えようか考えたわよ?」
「交際する前に考えて無いじゃない」
「言われてみれば」
「それでね、それでね。ヒドイのよー」
「たぶんあなたがヒドイと思うのだけれど」
「まあ、聴いてよ。あの人ったら、喧嘩したら『改宗する』って脅すの」
「彼の自由ではなくて?」
「そうですけど。なんか愛想つかされたみたいで、嫌じゃない」
「彼の言い分は?」
「心を鎮めて、神と向き合う時間が祈りだから、邪魔しないで欲しいんですって」
「敬虔な方ね。あなたが構いすぎたのでは?」
「それはそうなんだけど、想像してみて。彼が信仰してるのは誰?」
「先祖代々あなたの信者ね。商人だし」
「ね? 彼が日ごとに祈っているのは私なわけ。
一緒に暮らしているのよ? 普通に話してくれたら私は嬉しいの」
「あなたの感情で、彼を振り回して叱られたわけね」
「うん」
「そういうの続けると、離縁とかにならない?」
「えー」
「考えて動くの苦手なら、彼と話し合ってご覧なさい」
「そうする。聴いてくれてありがとねー」
「まったく。あなたの信者達に見せられないわよね」
「あなたがいつか相手を見つけてこうなったら、同じこと言うからね」
「私はあなたや結婚と恋愛の女神とは異なるもの。さ。ちょっと、降臨して来ます」
「はーい」
叡智の女神のおかげで、豊穣神の愚痴やノロケに付き合わされずに済んでいます。
この世界の精霊達の仕事は2種類あります。
・世界の維持
・
四大上位精霊は両方の面倒を見たり仕事を割り振ったり、あるいは精霊魔法使いの呼びかけに応答したりしますね。また、精霊王と相談するのも彼らの役割です。
精霊魔法使いと接する精霊は、好奇心があったりします。
世界の維持を任される側は、黙々と役割に没頭します。
役割も個性も異なるのです。精霊王の影響で「人の世を体験してみたい」と言い出すのは、好奇心が強いグループですよね。彼らが精霊をやめて人やモンスターに転生したり、人が輪廻転生の輪から出て精霊界へ入ったりするように仕組みを変更する時には、『世界の維持』を担当している側も受け入れられるようにしておきました。
王都の郊外にある高台に扉が1つ現れました。
14歳くらいの少女が扉を押し開けて現れ、後ろ手に扉を閉めると、扉は虚空に消えました。彼女は、本来は家族として振る舞えるように用意した義体の娘役です。両親役の義体は、出払っていたのかしら?
あら? 精霊王の意向かしら。珍しいことに、先程お伝えした精霊の役割分担の、『世界の維持』を担当する精霊が義体に入っていますね。
神官姿の叡智の女神が、精霊語で彼女に話しかけました。
(精霊に性別はありませんから、彼女というのも不思議ですけれど、少女型の義体に入っていますから、彼女と呼びますね)
『はじめての人の世はどう?』
『暗い』
『今は夜だから』
『これが夜なんだ』(周囲をゆっくり観察している)
「精霊語では無くても平気?」
「こちらが人の言葉?」
「ええ、そうよ。母神様が作った通り、人の言葉も話せますね」
「私は叡智の女神です。
精霊王から迎えを頼まれたの。あなたは何をしたくて人の世へ?」
「お礼が言いたい」
「誰に?」
「母神・末の神・末の神の教団長」
「母神様は会えないの」
「私が精霊だから?」
「いいえ。彼女は出来るだけ世に影響を与えないようにしているの。
人々やモンスターだって私達神族は7柱で、
2代目の母神が現れたことを知らないのよ」
「残念です。では、末の神と教団長に会いたい」
「母神様のことは、末の神でもいいし、
彼女の祖父である骸骨村の賢者に話すこともできるわ」
「母神の仕組みに迷惑はかからない?」
「ええ、大丈夫」
「なら母神の代わりに賢者に会いたい」
「では、骸骨村へ行きましょう」
叡智の女神は、義体に入った精霊を伴って、骸骨村へ移動しました。魔法の「転移」とよく似ていますね。こちらは、神族が行使する奇跡です。
イルカちゃんはお祖父様を起こし、来客用のお茶を用意しています。叡智の女神も話しやすいように、奥の部屋へ2人を通しました。
賢者 「好奇心では無く、義体に入る者も珍しいな」
少女 「私は1073741824。あなたは賢者? お爺さん? 何?」
賢者 「2の30乗がお前の識別番号なのか?」
少女 「はい」
賢者 「ワシは、賢者でも孫娘の祖父でも爺さんでもどれでも構わん」
少女 「……決めてくれないと困る」
賢者 「では、賢者にしようかの」
少女 「はい」
賢者 「お前さんを呼ぶのに、数字では呼びにくいのう。
精霊界ではどんな役割を担っていたのかな」
少女 「私は炎の精霊だから、×××を×××して、×××に×××する。ずっと」
賢者 『精霊語で言い直してもらってもよいかな』
少女 『私は炎の精霊だから、×××を×××して、×××に×××する。ずっと』
――あー、言語の問題じゃなくて、私が制限かけてある関係ね。『世界の維持』に関して、話すことを禁じてあるから。お祖父様も気がついたみたい。
賢者 「ふむ。話せない事柄のようだ。気にするな」
少女 「私は精霊界と同じように話したつもりなのに、不思議」
賢者 「お前は、精霊語しか分からんじゃろ?」
少女 「はい」
賢者 「義体が『翻訳』を行っている。内容により翻訳せず規制をかけるんじゃ」
少女 「便利だけど、少し不便」
賢者 「理由があってのことだ。堪忍してやってくれ。
お前さんは炎の精霊であることは分かった。幾つか色を見せよう。
好きな色はあるかな」
少女 「これが落ち着く」
賢者 「では、お前は『
真朱 「識別番号?」
賢者 「ワシらは、数字よりも、言葉で名前をつけるんじゃ」
真朱 「私が、賢者に合わせると、あなたは嬉しい?」
賢者 「ワシだけでなく、人の世の者はお前と付き合いやすくなるな」
イルカ「お話に割り込んで失礼しますね。
真朱さんは、1073741824と呼ばれた方が、慣れているんですよね」
真朱 「そう」
イルカ「私は魔法生命体ですから、数字の方がしっくり来ます。
ですが『イルカ』と呼ばれることで、
幼い子にも村の衆にも親しんで頂けました」
真朱 「ありがとう。慣れるようにしてみる」
真朱「賢者は、母神の祖父なの?」
賢者「ああ、そうじゃ」
真朱「会える?」
賢者「うむ。家族だからな。例外扱いでな」
真朱「母神にありがとうと伝えて」
――こうして、やりとりを見ているし、真朱が何を思ったのかも全部分かるって、伝えられないのもどかしいわね。思念で叡智の女神と相談してみよう。
『ねえ、叡智の女神』
『あら、母神様。ご覧になってたの?』
『精霊王があなたに任せた理由も分かるけど……』
『例外扱いで真朱と会おうと思われました?』
『うんうん』
『私が預かった子ですから、任せて下さらない?』
『もどかしいから、村娘・甲みたいな感じで!』
『村娘・乙でも丙でもいけません。母神様も、感情を優先させすぎます』
『むー』
叡智の女神が正しいから、どうにも出来なかった。理不尽だわ。
真朱が、お祖父様に語った内容はね――
・精霊王と親しい精霊たちのワガママを叶えて義体を用意してくれた
・義体を通して人の世を体験したこと
・維持する側だった自分たちが、希望すれば人の世に加われるようにしてくれた
・母神だけでなく、末の神や教団長も準備をしてくれている
・なのに、精霊王以外、直接お礼を言った精霊が居ないことに驚いた
――こんな内容なの。
他の精霊達は、好奇心が強い子達だから、自分のことで義体を貸与された持ち時間を使い切ってしまうのよね。この子は、休暇を与えられて精霊王と話し、私達に会おうと思ったのね。
精霊王は、『世界の維持』に携わる精霊は自主的に動かないから、この子の言動に興味を持ったのでしょう。
ただ、好奇心の強いタイプの精霊と異なるから、念のため叡智の女神に話を通した。
叡智の女神も、こういう子を見守るのは、性分に会っていますし。
まったく精霊王ったら、私に直接言ってくれればいいのにね。
イルカ「母神様は、真朱さんと直接会いたいでしょうね」
真朱 「母神が決めたことなのに、自由にならないのは不思議」
賢者 「お前達は、仕組みを支える者であって、仕組みも作る者ではないからな」
真朱 「母神は両方している?」
賢者 「両方を見守るのが中心じゃな」
真朱 「私に、母神が直接会いたいのは何故?」
イルカ「直接訪ねてきてくれた経緯や事情が全て分かるのに、
会えないことが寂しいのですよ」
真朱 「『寂しい』はよく分からない。『美味しい』とかの仲間?」
賢者 「叡智の女神様、そこで微笑んでいないで、あなたがお話になりませんか」
叡智 「あら、賢者よ。あなたが言葉に出来ることでしょう?」
賢者 「うちの娘も主神も豊穣神も美の神も、神族は大抵極端ですが、
あなたは本来の神の振る舞いをなさるのですな」
叡智 「どうかしら? さ、真朱が待っていますよ」
賢者 「待たせてすまんな。真朱はそのお茶を飲んでどう感じた」
真朱 「人間達が来客をもてなす風習が興味深い。
『飲む』ことも初めての経験で、喉を潤す経験が出来た。
お腹が少しちゃぷちゃぷして面白い」
賢者 「初めてだものなあ。そうだよなあ。ワシらは、このお茶を美味いと感じる」
真朱 「私の感じ方はおかしい?」
賢者 「そんなことは無い。じきに慣れる」
賢者 「『美味しい』は無数にあるんじゃ。
口にする物の数、状況、それを口にする者の嗜好など……」
真朱 「複雑なことを1つの言葉で表現できるのは面白い」
賢者 「お前が尋ねた『寂しい』も色んな使い方があるんじゃ。
おおむね『満ち足りなさと物悲しさ』に集約されるが、状況は様々じゃ」
真朱 「うん」
賢者 「お前は、お茶を初めて口にした感想を話してくれただろう。
『寂しい』も、ワシに説明されるより、お前が味わう方が望ましいと思う。
もちろん、深刻な物でなくていい。些細なヤツでな。どうかな?」
真朱 「賢者に母神へのお礼は伝言を頼めた。末の神と教団長に会うことの他に、
『寂しい』も、課題にしてみる」
賢者 「そうかそうか。――イルカよ」
イルカ「はい、賢者様」
賢者 「夜が明けるまでもうしばらくある。
朝が来れば、お前はお前の役割がある。この子と話したいのだろう?」
イルカ「よろしいんですか」
真朱 「私も魔法生命体は初めて見たから、話してみたい」
こうして、お祖父様と叡智の女神に見守られながら、真朱とイルカちゃんは夜が明けて、村のボス犬が朝の巡回報告をお祖父様にしに来るまで、あれこれ話していました。
「敬語」の使い方を学習した真朱は、お祖父様や私を呼び捨てにしていたことを気にしているわ。叡智の女神も教えてあげればいいのにね?
「なあ、真朱や」
「はい、賢者様」
「精霊界と人の世ではあまりに理が違いすぎる」
「そうね」
「元人間の精霊王をお前達は受け入れてくれたが、
きっとヤツは精霊界にしてみれば、あり得ないこともしでかすじゃろ」
「賑やかにはなったかもしれない」
「ワシはお前と話せたことを思えば、敬語など些細な問題なんだよ」
「でも失敗するの苦手」
「それは、そこで微笑んでいる、意地悪な叡智の女神に言ってやりなさい」
「叡智の女神様が意地悪したの?」
「あなたが自分で気がつくのを待つこと。
明らかに問題のある失敗は防ぎますけれど、
小さな失敗はあなたの『旅』で経験してもらうこと。
そのために、私は出しゃばらないようにすること。
ただそれだけよ。あなたに意地悪をする理由、ないでしょ?」
「教えてくれていいのに。でも、それは叡智の女神様にとって大切なこと?」
「ええ、とても」
「なら、私も大切にしたい」
「ありがとう。安心して失敗なさい。
さ、末の神のお宅に、そろそろ伺いましょうか」
真朱は、イルカちゃんから敬語を吸収したけれど、叡智の女神からも学んでいるわね。頷き方とか、微笑み方を、もう自分のものにしつつある。
いつか、叔父様(末の神)の夫人陽の君が、エルフの里のお友達へ手紙を書いている横顔が素敵だったってお伝えしたことがありました。
叡智の女神から微笑み方を学んだ真朱の微笑みも、すごく素敵なの。
――自分で作った義体だけど、中に入っているのは真朱(識別番号1073741824)だから、自画自賛にはならない、かな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます