えみのタスク②「ターゲットはイケメン」
「シドナセドナさん、仕事には……慣れたかい?」
「エッ?」
丹湖門えみは相手の驚きと困惑とが半々の表情を見て頭を抱えたくなった。
自分の元にインターン外国人が配属され数日。会話の糸口を掴むべく発した台詞がコレだ。まるで娘との接し方のわからないオッサンのようだ。
「や、その……職場環境、
自分らしくない曖昧模糊とした質問だと思う。相手からすれば何について答えればいいのだと質問が返ってきそうな問い。無難と評する人もいるだろうが、少なくとも自分には好ましく感じない類のものだ。
――らしくない。
相手はイケメン外国人だ。けれど、えみは同年代や年下を相手にしてペースを乱されるようなタイプではない。普段であれば。
――旭日にこの新人の話をしてから妙に意識してないか、私?
ミステリアスな肌の色と黒髪。鋭さのある大きな瞳の青年――シドナセドナ・イェル・ソドルは顎に手を当て思考している。
「ん、ん……まあまあ、でしょうか?」
「そっ、そうかー」
相手に合わせたのか玉虫色の返答を口にするシドナセドナ。整った容姿と利発そうな雰囲気も相まってえみはバカな質問をした気分になり、肩を落とした。
§ §
「さっきは質問が悪かった。この会社で仕事をしていくなかで不便に感じてることや、ギャップがあったら教えて、欲しい」
「……どうしたんですか? 丹湖門さん」
昼休み、オフィス街のオープンスペースにて。
半ば強制的にシドナセドナを昼食に連れ立ったえみはテーブルに掛けるなり口を開いた。同僚達の好奇の眼差しを背中に浴びながらここまでやって来た彼女の表情には妙な凄みがあった。
「おかしいですよ丹湖門さん。どうしていきなりこんな面談のような真似を?」
えみの向かいに座るシドナセドナは互いの手元にあるコンビニ弁当を指差す。いまは食事の時間でしょうと言わんばかりに。
「お腹減ってるなら、食べながらでいいよ」
そう言ってえみはプラ製のフォークを手に取った。これが金属製の品であれば、シドナセドナに襲いかかりそうな雰囲気さえ醸し出されている。
「待ってください。こんな、別れ話でもしてるカップルみたいな雰囲気は嫌ですよ。僕が何かしましたか?」
「いいや。君は何も悪いことはしてない。むしろとても優秀なんだなぁ、って感心してるよ。何もしていないのは私の方なんだ」
「…………」
フォークを持った手を弁当の蓋に載せながらむっつりした表情でえみはシドナセドナを見据える。対する彼も鋭い眼差しをえみに返した。
「シドナセドナさんは私がいなくてもやっていけるんだと思う。初めはラッキーって思ったんだ、正直なところ。けど、丸っきり何もしないのは気分が良くない。少なからず不便はあるはずだしね」
「……それで多少強引にでも話し合いの場を設けた、ということですか?」
「そうだね。私は気がかりなことには早々に着手したいの」
「せっかちな上に
相手に引く意思がないのを悟ったのかシドナセドナは軽く肩をすくめた。その仕草に対してえみが淡々と『自覚はしてるよ』と返すと、彼は苦笑し肩を震わせた。
「なによ?」
「すみません。少し、ある……知人と丹湖門さんの姿が被ってしまって」
「それでシドナセドナさんは友達の質問を流して済ませるの?」
くくっと笑うシドナセドナに対してえみは煽るような悪い笑みを浮かべた。シドナセドナは一瞬じっとえみを見つめてから嘆息する。
「僕とソイツは友人関係ではありません」
そう断るように告げたシドナセドナだったが『それはそれとして、お答えします』と不便について口にした。
「やはり、皆さんの氏名を覚えるのは少し、難しいです」
「ん? そうなの……?」
その回答にえみは首を傾げた。
「意外、ですか……?」
「ああ、いや……私の名字をちゃんと覚えてくれてるし、そういうのは得意なのかなと思ってた」
えみが丹湖門なんて変わった名字だからねと笑うと、彼も笑いながら実情を白状した。
「実のところ、単純に音として認識しているだけなんです。ニコカド、という響きは覚えやすいです。名前も何度か聞けば覚えられる。難しいのは名字ですね。似たような音や同じ字を使っていると識別が困難です」
「
「そうです、そんな感じです。あの二人は、難しい」
えみが同僚の名を挙げると彼は頷く。それに、読めない意味を知らない文字が並んでいるのは不可解な気分だとも。
「なるほどね。私の場合、丹湖門は
「あかい、湖、門……『Red,Lake,Gate』か」
「意味わかんない単語の羅列だね」
「それでも、ヴィジュアルが浮かぶとだいぶ覚えやすいです」
「そう?」
「ええ……連想は音を頭に馴染ませます」
「面白い言い回しだね」
えみがふふと笑うとシドナセドナもくくと笑った。対照的な笑い方の二人だが肩を揺らすタイミングだけは重なり、その様は仲の良いカップルに見えなくもない。
「…………」
しかし、笑うシドナセドナの双眸が一瞬だけ鋭くなりえみを注視した。そのことにえみは気づかなかった。
異世界ライフはじめました――お父さんが…… 世楽 八九郎 @selark896
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