旭日「それって、どーなのさ?」

「帰れ」

「えっ?」


 昼休みも終わろうとしたタイミングでえみを旭日はビシリと指さした。


「アンタは今日も早退。帰りなさい」

「え? いや、だって」

「アンタは昨日から、ちょぉっと重いなの。いいわね?」

「いや、あの……」

「早退届を書くの。でなきゃアタシはアンタをオフィスに入れない」

「…………」


 コレは無理かな、相手を見ながらえみは思う。 

 旭日の瞳にはギラリと光る意思の強さが宿っている。更にオデコがきらりと光りを放ったような気もした。

――デコウが出てる。

 同期の仲良しトリオのもう一人、シノが言うには旭日から後光ならぬこのデコウが出ているときは誰にも彼女を止められないらしい。

 えみは降参のポーズを示してから、綺麗にお辞儀した。


「ごめんなさい。今日も迷惑かけます」

「うん♪ 任せてっ!」


 えみが折れると、旭日はニカッと笑う。

 身長百五十センチもない彼女が屈託なく笑う姿は子供のようだ。

 けれど、えみは彼女にまったく頭が上がらない。



 § §



「課長」


 えみを無事に早退させた旭日は上司に声をかけた。

 旭日の声に振り向いた課長に手を合わせて廊下へと呼び出す。

 総務部の課長は女性の多い職場環境からか、なかなかに察しが良い。


「なんでしょうか? 朝比奈さん?」

「丹湖門のことです。その……ありがとうございます」


 それなら構いません、と課長は表情を崩す。

 その反応に旭日は安堵する。彼はえみに対してまだ反感や不信を抱いてはいないようだ。


「彼女も色々大変みたいですからね。調子が崩れることもあるでしょう」

「はい。私も友人としてもっと頼って欲しいんですけど」

「あなたは充分以上にフォローをしてあげてると思いますが?」


――妥当よね。部下同士がベッタリ過ぎるのはやりにくい、でしょうし。

 旭日の沈黙をどう受け取ったのか。

 課長は続ける。


「丹湖門さんは最近まで無遅刻無欠勤でしたし、会社も事情は承知しています」

「はい」

「ですから、まだしばらくは不調が続いても信用の貯金は底をつきません」

「はい……」

「であれば、ここからは彼女の問題だとは思いませんか?」

「……はい、間違っていないと、思います」


――それって、どーなのさ?

 旭日は決してその想いは口にはしない。

 それは確かに間違っていない、もっともな見解というヤツだから。


「それに私は丹湖門さんには例の件を担当してもらう気でいますし、ね」


――でも、それはどーなの……?

 さすがにそれはえみの負担を大きくすることになるのではないか。

 旭日は手を握りかける。


「心配はいらないと私は考えてますよ。長い期間の話ではないです。最悪の場合は私か……それこそ、朝比奈さんに受けもってもらいましょうか?」


――ちゃんと算段はついてるって訳ね。

 社会人としては当然の考慮。

 それがいまは酷く残酷な気がする。

 だから旭日は少しだけ挑むように応じた。


「任せてください」

「ええ……お願いします」



 § §



「朝比奈さん」

「はい?」


 話が終わりデスクに戻ろうとする旭日の背に課長が声をかける。


「丹湖門さんの仕事でここ数日のうちに遅滞しそうなのは経費の計上くらいです」

「え?」

「おまけに、遅れの原因は営業の新人が提出をサボっているからです。彼女は少し、篠崎君に甘い」

「…………」

「あなたは彼を急かしてください。先方待ちの電話とメールは私に回せばいい」


 淡々と指示を飛ばすと、課長は旭日を追い抜きオフィスへと戻っていた。

 旭日はハッとするとその背に頭を下げた。いままで自分一人でえみの問題仕事をなんとかしようと思っていたのだろうか。流石にそれは自惚れというものだ。

――それってどうなのさ、アタシ?

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