えみ「これって、なんなのさ?」

「それがさ、おかげ様で昨日は早い時間に帰れたでしょう? そしたら――」 


 昼時のオフィス街。ビル街の谷間にある公園とも大路ともつかない場所。

 近隣のビルから溢れ出した勤め人達が設置されているテーブルを囲み談笑し、あるいは黙々と食事をとっている。

 そんな喧騒の中。丹湖門えみと朝比奈旭日の姿もそこにあった。お喋りに花咲かせながら、昼食をとる旭日とえみ。

 本日の昼食代はえみ持ちだ。

 えみは昨日電車で会った偉丈夫の話を旭日に聞かせた。


「え~⁉ 大丈夫、それ? 知らない人からプリンなんてもらって」

「大丈夫だよ! あの人はなんていうかそんなんじゃないんだって!」

「なんだそれ?」

「それは私が伝えて切れてないだけで、とにかく怪しい感じじゃなかったんだよ! プリンのおじ様は」

「ハァ……また始まったよ。えみのおじさん好きが」


 旭日はやれやれと肩をすくめた。

 この友人は父親が大好きだ。だからだろうか、彼女は中高年に甘い気がする。


「ん~、イケメンばっかりに飛びつく旭日には言われたくないな~」

「うっ……止めて、ママと同じこと言わないで」


 ゆったりとした口調でえみは旭日の胸をえぐる台詞を口にする。

 旭日は甘いマスクの男に弱い。自分の母がかつてそれで痛い目を見ていることを知ってるはずなのに。それでも、旭日の目はうるわしい顔を追ってしまう。

 母親曰く『アンタは麩菓子ふがしみたいな男ばかり好きになる。昔のアタシと同じだね』とのことだ。

 旗色が悪いと見た旭日は話を逸らすことにした。


「それにしてもさっ、えみ。アンタ凄いよね⁉」

「なにが?」

「その、プリンのおじ様よ! そんな人滅多にいないはずじゃん? そんな人と巡り会うってとこがよ!」

「そうかな~?」

「ええ、ちょっとしたファンタジーよっ? それって」

「ファンタジー、か……」


 その言葉にえみは沈んだように顔を伏せてしまった。

 どうしたのだろうと旭日が声をかけようとすると、えみは顔を上げた。

 笑顔で話を再開した彼女だったがその表情はおかしなものだった。


「そ、そだね! ファンタジーだよね」

「えみ、アンタ?」


 顔は確かに笑っている。

 だというのに、瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。


「え? あれ? あれ? なに、これ?」

「えみ! えみ⁉」


 次から次からへと涙は頬を伝う。

 本人もそのことに驚き、オロオロと顔を左右に振っている。


「やっ、ちが、ちがうよっ? あさ――」

「ああっ、もう‼」


 旭日は立ち上がり、えみの頭を自分の肩に押し当てた。


「旭日……」

「とりあえず、泣いとけ」

「ごめん……どうして泣いてんだろ? 私」

「アタシが知るか……! いいから」


 もぞもぞと抵抗するえみを旭日は羽交い絞めにする。


「でも、ブラウス濡れるよ」

「上着羽織ればいいじゃない」

「あさ――」

「お黙り」


 聞き分けないえみの顔を旭日が思い切り抱きしめると抵抗がなくなった。



 § §



「旭日、ありがと」

「うん……」


 ややあって、えみの涙は止まった。

 突然の落涙はゲリラ豪雨のように激しく、そしてあっさりと過ぎ去った。


「旭日……」

「うん……」


 しかし過ぎ去っても豪雨は必ず置き土産を残すものだ。


「「恥ずいわぁ……‼」」


 二人はそろって赤面した。



………

………………



「あっ、旭日のブラ可愛い♪」

「アンタぁ、ねぇ~‼」

「痛いっ! 旭日! 痛っ! ホント痛いから!」

「もうちょっと泣いとく? そしたらもっと透けて見えるでしょうよ?」

「痛っ! あさっ! ホント! いひゃいです!」

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