咲人「まだなんとかなるさと思っていた時期がお父さんにもありました。階段昇降しながら、ね」

 階段昇降は丹湖門咲人の就寝前の日課だ。

 登山を始めるにあたって自分に課した運動。毎日、寝る前に昇り降りを十往復。それだけであっても、しているのとしていないのでは大違いだ。日々の積み重ねというのは偉大なのだ。

 大樹からアンの魔法でロッジまで帰って来た二人は軽く食事を済ませると早々に寝ることとした。

 身支度を済ませると咲人は二階の寝室に向かう前に日課の階段昇降を始めた。


 とっとっとっ

 たったったっ


 頭をよぎるのはアンのことばかりだった。

――あの娘は日々違う表情を見せるようになりますね。


 とっとっとっ

 たったったっ 


 十往復、完了。一日外で動いた後でも余裕だ。

 咲人はそのことに満足しつつ、寝室へ足を向けた。


「アン?」


 寝室の扉の前には寝間着姿のアンがいた。

 格好の方はわかる。これから寝るのだから当然だ。

 しかしどうしてエルフワンピース(咲人命名)姿の彼女がここにいるのだろう。

 そう思い、咲人が近づくとアンはスッと身を乗り出して言った。


「サキト……一緒にいよ?」


 そしてアンは彼の返事を待たずに寝室にするりと入っていってしまった。


「……えっ?」


 状況を飲み込めない咲人は寝室を覗き込んだ。

 アンは確かにそこにいた。つまりは、そこで寝る気でいるということ。

 それを把握した咲人はハッキリと言った。


「アン」

「うん?」

「階段昇降、してきますね」

「うん」


 トットットッ

 タッタッタッ


 頭をよぎるのはアンのことばかりだった。

――なに、同じ部屋で寝るだけです……あの娘は不安なんですよ、丹湖門咲人。


 トットットッ

 タッタッタッ


 十往復が完了。乳酸がずいぶんと溜まってきた気がする。

 咲人は乳酸以上に心労の存在を感じつつ、寝室へ足を向けた。 


「…………」


 咲人は無言でドアを少し開け、なかの様子を窺った。

 アンが窓際のベッドの横へ別のベッドを移動させていた。

 二つのベッドが繋がるとアンはぴょこんとベッドに飛び込んだ。どういうわけか咲人が普段使っているベッドの方に。


「…………」


 咲人はそっと扉を閉めると、再び階段へ向かった。


 トットットットットットッ

 タッタッタッタッタッタッ


 十往復……いや、二十往復くらいが完了した。

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