咲人「お父さんはヘタレなのでしょうか……」

「お手上げ……ですね」


 丹湖門咲人はため息をついた。異世界に来てから何度もそうしている気がする。しかし、この状況は異世界か元の世界かに関係なく、ため息モノだろうと思う。

 高いところから降りられない。

 これほど原始的かつどうしようもない恐怖もないのではないだろうか。

 場所は巨木の枝。高さはゆうに百メートルを超えているのは間違いない。アンに御姫様抱っこされながら五分程飛翔を続けてたどり着いたこの場所はとても高い。


「お手上げ……ですね」


 再び漏れ出るため息。こればかりは仕方ないだろう。

 どうしようもない状況。それを作ったのが自分自身ならば。


「怒らせて、しまいましたね」


 こんな場所に来られたのはアンの魔法の力があったからだ。

 そして帰れないのは、アンが咲人を置いて行ってしまったからだ。


「お父さんはヘタレなのでしょうか、由美さん……」


 思わず亡き妻の名を呼んでしまう。

 彼女の面影は「ここでアタシを呼ぶあたりヘタレだねぇ」と苦笑いを浮かべる。


「…………」


 咲人は首を振る。現実逃避をしている場合ではない。

 木の幹に背を預け枝に腰かけると記憶を巻き戻し始める。

――それでどうにかなる訳でもないのにな。



 § §



「コボルトは見つかりそうですか? アンビエントさん」


 双眼鏡を上げたり下げたりしながら咲人は森を観察していた。

 森は広く時折鳥の姿が横切るだけで、目的のコボルトは見つからない。

 サキトの声にアンは首を横に振る。


「見つからない。コボルトは昼間はほとんど隠れてる」 

「そうですか。初日の、それも昼間からはさすがに無理ですかね」


 街道方面を見ておくことも目的だったのでこの時間にやってきたが、やはりコボルトを見つけるなら彼らの活動時間に合わせて動く必要がありそうだ。

 けれど、アンはその言葉にも首を振った。


「んーん、サキトなら出来る。きっと」

「どうしてです?」

「ナゴを見つけた。コボルト、ナゴより見つけやすいから」

「そんなに珍しい生き物なんですか? アレは」


 いまいち腑に落ちないが、アンがそうだと言うのならその通りなのだろう。

 この辺りの植生や地形、生態に関してアンの言葉が間違っていたことはない。


「なら、今日はゆっくり探していきましょう。いったん休憩にしましょうか?」

「うん」


 登山用のバックパックから弁当と水筒を取り出す。

 ハンカチを広げ本日の昼食を並べると二人は向き合って食事を始めた。

 そう、ここまでは何の問題もなかった。



 § §



 昼食を終えて再びコボルト探しを始めた二人だったが、アンは妙にそわそわとして落ち着きがなかった。もしトイレなら遠慮せずに行くよう咲人は伝えたが「違うよ!」と怒られてしまった。

 では何だろうとアンの言葉を待つと彼女は上目遣いに咲人を見つめ――


「あ、あのね……あの、アンって呼んで欲しいの。えみとおんなじ、に」


 そう言ったのだ。


「え?」


 咲人はフリーズした。


「えっ? あ、あの、その……アン、アンビエントさん?」

「…………」


 アンは咲人をじっと見ている。

 咲人は『えっ』とか『ああ』とか唸りながらも必死に応えようとした。


「……アン、さん……」


 無理だった。


「……サキトのばか」


 お気に召さなかったらしくアンはふいっとそっぽを向いてしまい、そのまま風を巻き起こしながら地上へと飛んで行ってしまった。

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