結章

 結局のところ、アメリアの両親が二人の結婚に難色を示すことはなかった。

 後からジェイキンスに聞いたところでは、公爵は彼らにも手紙をしたためていたらしい。内容についてジェイキンスは何も語らなかったが、少なくとも諸手を挙げてクイルを迎え入れなくてはならない程度には両親を追い詰めるものだったようだ。


「公爵のことですから、ご両親の経済状況どころか一月先の朝食の献立まで正確に把握していたと思いますね」


 クイルが苦笑しながら言った。

 マナーハウスの庭は秋の色に包まれ、涼しい風が濃い薔薇の香を運んでくる。


「私が初めて公爵を訪ねたとき、あの方は何もかも承知していましたから。実際気味が悪いくらいでしたよ。私自身よりも私のことが解っているようで」


 そう言いながらもクイルは少しも嫌そうではない。初めて聞く話にアメリアが驚くとクイルは笑った。


「公爵は私が名乗る間もなく仰ったのですよ。『やあクイル、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたよ。ところで、アメリアは使用人ではないのですが、それはご存知ですか?』」


 ジェイキンスが注いで回った紅茶にクイルの忍び笑いが落ちる。


「その点だけは判らなかったそうです。私はもう呆気にとられて、支那の金魚みたいに口をぱくぱくさせるばかりで。公爵に言われるままにあの日、のこのこお邸にお邪魔することになったのですよ」


 クイルは紅茶を啜った。無花果のジャムをたっぷり掬って半分に割ったスコーンに載せる。


「ところでアメリア、ソニアにジャムの作り方を教えてくださったそうですね。ありがとうございます」


「どういたしまして」


 アメリアは紅茶を一口飲んだ。クイルがスコーンを口に運び咀嚼するのを見つめて微笑む。


「とても楽しかったわ。今度はわたくしがパンの作り方を教えていただく約束なの」


「仲良くやれそうですか?」


 もちろんよ、と言ってアメリアは顔を輝かせた。


「お手紙の遣り取りしかしていなかったけれど、ずっと彼女のことが大好きだったもの。実際にお会いしてますます好きになったわ」


 本当に夢みたい。

 アメリアが笑う。幸せそうに。


 この頃はこの科白が口癖のようだ。

 クイルは手を伸ばしてアメリアの手を握った。手袋をしていない指を絡ませる。


「いよいよ明日ですね」


 甲にそっと接吻けるとアメリアがほうと溜息を漏らした。立ち上って引き寄せるとアメリアはすとんと胸に収まる。


「モーリスは大喜びですよ」


 クイルが言うとアメリアがくすくす笑った。

 男爵は日取りが決まるまで日参し、決まってからは指折り数えて明日を待ちわびていたのだ。


「でもやっぱり、いちばん幸せなのは花嫁だわ」


 アメリアの言葉にクイルがふっと笑う。


「さあ? それはどうでしょうか」


 上向かされてアメリアの唇が薄く開いた。期待に身体のなかの蝶が騒ぎ始める。


「その点に関しては誰にも負けない自信があるのですが……」


 クイルが接吻けを始めるとアメリアは何も考えられなくなった。ただぼんやりと思う。


 もしクイルが私よりも幸せなのだとしたら、こんなに嬉しいことはない。だからやっぱり、いちばん幸せなのは私だ。


 アメリアは薄く目を開けて部屋の中を窺った。有能な執事はとっくに姿を消していた。

 ふと目を上げると同じように薄目を開けているクイルと目が合う。


 こんなことを考える私ははしたないだろうか?


 アメリアの恥じらいに応えるように、クイルが耳元に囁いた。

 アメリアの瞳が見開かれ、やがて唇から笑みがこぼれる。


 抱き上げられて長椅子に運ばれる間、アメリアはくすくす笑ってクイルにしがみついていた。

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甘い夢が覚めても 早瀬翠風 @hayase-sui

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