夏  遺言

 一体ジェイキンスは何通招待状を送ったのだろう?


 アメリアは広間に溢れる人波を茫然と眺めた。

 ひっそりと公爵の死を悼むアメリアの夏は何処かへ行ってしまった。

 ロンドンの名だたる名士やとりわけ噂好きなマダムたち。公爵の親類にアメリアの両親。もちろんモーリス卿も。そしてどういう訳か、部屋の隅の壁にはクイルが凭れていた。

 アメリアは皆に挨拶しながら前へ進みモーリスの隣に腰を下ろした。


「皆様」


 静かなジェイキンスの声が響いてざわついた室内に静寂が降りる。


「本日はお忙しいなか、亡きセントネービス公爵の遺言状の開封にお立合いくださいまして、誠にありがとうございます。卿のご意向で長らく私がお預かりしておりましたが、本日ここで皆様とご一緒に開封する運びとなりましたこと、卿も私も大変慶ばしく思っております」


 そこでジェイキンスは白い封筒を取り出した。表面には懐かしい流麗な筆致で一言『遺言』と記されている。


「それでは皆様、宜しゅうございますか?」


 ぱらぱらと拍手が起こり何人かが頷くのを見て、ジェイキンスは弁護士に封筒を手渡した。


「宜しくお願い致します」


 封筒を受け取ると弁護士は立ち上がり、ひとつ咳払いをした。


「えー、それでは」


 封を切り弁護士がそれを読み始めると、アメリアの隣でモーリスの喉がごくりと鳴った。




     *




     遺言


 まず初めに、私の不可解な遺言の所為で甥のモーリス男爵に要らぬご心配を掛けたであろうことをお詫び申し上げます。

 モーリス、申し訳ありませんでした。

 公爵位はもちろん貴方にお譲り致します。


 ただ、ひとつだけ、条件を付けさせてください。


 私にはひとつ心残りがございます。

 それは若く美しい妻のことです。

 彼女は大変頑固なのです。

 きっと私の死後は私の名誉とご家族の心情を慮って、恋もせず独身を貫くことでしょう。

 しかしそれは私の本意ではありません。

 寧ろ妻には、新しい恋をして幸せになって欲しいと願っているのです。


 そして私はバイブリーの静かな村で、愛する妻を託すのに相応しい青年を見つけました。

 彼は姓も爵位も持ちませんが素晴らしい才覚があります。

 きっと数年もすればここにお集まりいただいた皆様にも引けを取らない程の財を築くことが出来る筈です。

 今、この遺言が読み上げられているということは、彼が成し遂げたということですね。

 大変慶ばしい。


 しかし皆様、私が心配しているのは彼ではなく妻の方です。

 彼は成し遂げ、妻は恋をすると私は確信致します。

 しかし同時に、妻が決してその恋に踏み切らないであろうことも確信出来るのです。


 そこで皆様にお願い申し上げたい。


 現セントネービス公爵ジェイムスの名の下に、我が妻アメリアとクイル・ローウッドの婚約を宣言いたします。


 皆様にはこの婚約の立会人になっていただき、大いに噂を広めていただききたいのです。

 そうでもしなければ、妻は決してイエスと言わないでしょうからね。

 そしてモーリス、ふたりの結婚式の日に、私の爵位を貴方に継承致します。

 必ずアメリアにイエスと言わせてください。


 ローウッド、貴方ならきっと成し遂げると信じていました。

 貴方が妻を使用人だと思い込んで私のところへ来たとき(あれはアメリアの所為ですね。普通、公爵夫人はお仕着せで庭仕事をしたりはしないものです。でも私は、妻のそんなところもとても愛しく思っていたのですよ)確信したのです。


 アメリア、もちろん私が言ったことを憶えていますね?


 恋は知らずに落ちるもの。

 恋をなさい、アメリア。

 貴女の幸せが私の幸せです。


 最後に、バイブリーのマナーハウスですが、クイル・ローウッドに遺します。

 結婚後は是非ふたりであの屋敷に住んでください。

 アメリアが植えた花々は今もウォルターが守ってくれている筈です。


 アメリア、初めてお会いした春の日に私がお話ししたことを憶えていますか?

 あの屋敷に可愛らしい子供たちの声が溢れる日が来るなんて。

 こんなに嬉しいことがあるでしょうか?




     *




 日付と署名で締め括られた遺言状を弁護士が読み上げたとき、部屋はざわめきに包まれていた。公爵の遺言状の内容にも驚いたが、何より人々を驚かせたのはアメリアの様子だった。


 冷たい青い薔薇が泣いている。


 それも、静かに涙を流すのではなく、しゃくり上げるようにして嗚咽している。その傍らにクイルが跪き、震える手を取ってゆっくりと撫でながら何事か囁いていた。アメリアが首を振ると穏やかに頷いてまた何事か囁く。何度か繰り返すうちにアメリアは頷き、涙を拭いて立ち上がった。


「皆様、本日は夫の遺言状の開封にお立会いくださいましてありがとうございました。この後、粗肴をご用意しておりますのでどうぞお楽しみください。大変申し訳ありませんが私は失礼させていただいて、モーリス卿がホストを務めさせていただきます。それでは皆様、よい夜を」


 震える声で、しかししっかりと挨拶をしたアメリアは深々と頭を下げた。そしてモーリスに後のことをことづけると部屋を後にした。

 クイルに支えられて歩く姿は儚げで、人々は思った。

 長年冷たい青い薔薇と称されてきたレディ・セントネービスは、美しいだけの人形ではなかった。それは血の通ったひとりの女だったのだと。

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