夏  変化

 寝室に戻ると鏡台の上に四角い箱がきちんと載せられていて、アメリアは笑みを溢した。鏡台の前に座りひとつを取って髪に挿してみる。

 金色と桃色で出来た薔薇はアメリアの蜂蜜色の髪に溶け込みそうでいて、それでも可憐に存在を主張している。それは大輪の薔薇ではなく道端に咲く野ばらのようだった。花の精のようだと言ってくれたクイルの言葉を思い出してアメリアは頬を染めた。


 この頃、アメリアは自分の感情を持て余し気味だ。クイルが傍にいるとお腹の奥の方から温かなものが湧いてきて表情が弛んでしまうのだ。

 だからきっと、今では頬を染めたアメリアの姿を見た者も大勢いるに違いない。実際、アメリアに恋人が出来たのではないかという噂が囁かれ始めている。


 アメリアは鏡に映った姿を見て溜息を吐いた。


 輝く瞳も上気した頬も、まったく評判の冷たい薔薇らしくない。

 公爵が亡くなってもう七年も経つのだから、アメリアに恋人が出来てもさして問題はない。ただ軽く遊ぶだけのつもりなら。

 しかしクイルは火遊びの相手ではない。

 彼はアメリアが生涯でただひとり恋したひと。

 ただひとり焦がれたひと。

 そのひとの腕に抱かれてアメリアは今この上なく幸せだった。


 だから、それ以上を求めてはいけない。


 アメリアの両親は娘が平民に嫁ぐことを許さないだろう。公爵家と縁続きであるという名誉を手放したりはしないだろう。

 女はいつも誰かの管理下に置かれる。結婚前は家族の、結婚後には夫の。家族の許しがなければアメリアは結婚することが出来ない。


『スコットランドに行って駆け落ち結婚しますか?』


 クイルが言ってくれたことがある。

 スコットランドは結婚の条件がイングランドよりずっと簡単で、こちらでは許されないカップルが時々逃避行をする。追っ手を振り切って結ばれることが出来れば、晴れて夫婦としてロンドンに戻って来られるのだ。

 そうね、とアメリアは答えたが、それが実現しないことはふたりとも知っていた。結局アメリアは義務を放棄したりはしないからだ。


 アメリアはピンを箱に戻してそっと蓋をした。

 与えられたもので満足する術をアメリアは心得ていたし、与えられたものは期待する以上のものだった。

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