夏 薔薇の花

 クイルはテーブルの上に四角い箱を置いた。目の覚めるような濃いブルーの箱には細い白のサテンのリボンがかかっている。


「これを貴女に」


「まあ」


 贈り物とクイルを交互に見るアメリアに微笑みかける。


「開けてみてください」


 クイルは自分の頬が赤く染まるのを感じた。掌に汗が浮き上着の裾に擦りつける。女性に贈り物をするのは初めてだ。アメリアの反応が気になるのにそれを見るのが怖い。アメリアに贈り物をしようと思いついたとき、こんな気持ちになるとは予想もしなかった。

 アメリアがリボンを解いて青い箱をそっと開ける。その顔がみるみる喜びに輝いてゆくのを見てクイルは詰めていた息を吐いた。


「素敵……」


 箱の内側には毛足の短い白のベルベットが張られていて、十二本のピンが並んでいる。細いピンの頭には金と珊瑚で作られた薔薇の花が付いていた。それは花の開き具合や珊瑚の花弁の入り方が少しずつ違っていて、ひとつとして同じものがない。


「とても可愛らしいわ」


 アメリアはクイルを見上げて言った。


「貴女の可愛らしさには敵いませんよ」


 クイルが柔らかく笑うとアメリアは真っ赤になって俯いた。


「可愛らしいなんて言われたことないわ」


 手に取ったピンの花びらの縁を指先で辿る。丁寧に磨き上げられたそれはとても滑らかで、アメリアはうっとりと吐息を漏らした。


「公爵は息をするよりも頻繁に言っていませんでしたか?」


 アメリアが俯いたままなのでクイルは膝を突いてアメリアを見上げた。


「そうね」


 アメリアは口許に笑みを浮かべた。瞳は悲しげに揺らぐ。もうすぐ八回目の命日が来るというのに喪失感は未だに癒えない。それと同じに、愛された記憶も少しも褪せていなかった。


「あんまり頻繁に言われるものだから、わたくし、少しその気になってしまったのよ」


 アメリアは小さく笑った。金色の薔薇の花弁に映る自分の姿を見ても少しも可愛らしいとは思わない。だけど公爵にそう言われると、本当に可愛い娘になったような気がしたのだ。


「初めて貴女を見たとき」


 クイルがアメリアの手のうえからそっと花を包み込んだ。


「朝露のなかで両手に薔薇を抱えた貴女が笑うのを見たとき」


 その手を引き寄せて接吻ける。


「花の精のようだと思いました」


 見開いたアメリアの瞳をクイルが見つめる。


「くすくす笑う貴女はとても可愛らしくて、私は一目で恋に落ちた」


 クイルはアメリアの手を握り締めたまま微笑んだ。


「貴女はとても可愛らしい。ロンドンここの方たちがそれに気付かないのは、頬を染めた貴女を見たことがないからです」


 アメリアの頬が染まる。


「ほら」


 その頬をクイルの唇が掠めた。


「やっぱり可愛らしい」


 接吻けは極さり気なく始まり次第に熱を帯びた。アメリアの手から滑り落ちかけたピンをクイルが受け止めて箱に戻す。いつしかふたりとも絨毯の上に座り込んで接吻けを交わしていた。

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