初夏 火遊び

 アメリアはダンスフロアでくるくると踊る色とりどりの娘たちをぼんやりと眺めた。傍らでは、踊り終えたばかりのエリザベスが頬を上気させて、たった今のダンスのお相手について意見を述べている。どうやらカティサーク子爵はお気に召さなかったらしい。


「だってあの方ったら、ご自分の自慢話に夢中で私のことなんてちっとも見てらっしゃらないのですもの」


 可愛らしい紅色の頬を膨らませてエリザベスが言った。

 子爵も気の毒に、とアメリアは思う。自分の売り込みに必死になるあまりいちばん肝心な気遣いを忘れてしまったのだ。もっとも、そんな人がエリザベスに相応しいとは思わないけれど。


 そのとき、ランドルフ男爵と話し込みながらクイルが舞踏室に入ってきた。

 男爵は何件かホテルを経営しているからその関係の話かもしれない。アメリアと目が合うと、クイルは男爵に何事か囁いてこちらに近付いてきた。

 恭しくお辞儀をして愛想好く微笑んだものの、その態度はかつての領主の奥方に形だけの敬意を表しているだけで、アメリア自身には全く興味がないように見える。ちくりと胸の奥が痛むのに気付かないふりをしてアメリアは微笑んだ。


「ごきげんよう」


 青い瞳に温かみが浮かばないのを確かめてクイルはアメリアの手を取った。白い手袋の上から軽く接吻けを落とす。


「ごきげんよう、奥様」


 話をする訳でもなく、挨拶だけしてクイルは去って行った。そこに挨拶しなければならない人物がいたからそうした。それだけ。

 もちろん、それが正しい。


「素敵」


 男爵の元に戻り再び話し始めたクイルを見つめて、エリザベスがうっとりと溜息を吐いた。頬を染める娘にアメリアは形の良い眉を上げて見せる。


「あなたのお相手に相応しいかしら?」


 エリザベスの父親は伯爵で、今のところ後継者がいない為エリザベスの息子が次期伯爵となる。当然その父親にもそれなりの血統が求められるだろう。伯爵家が資産家に頼らなければならないくらい逼迫しているのなら話は別だが、伯爵は切れ者で投資も上手くいっていると聞く。

 そんな訳で、目下若い貴族たちはその椅子を廻って火花を散らしている。そして今夜ひとり脱落した。


「あら、恋と結婚は別ですもの」


 あっけらかんと言うエリザベスを、どういう訳かアメリアは好ましく思った。アメリアが結婚した頃と貞操観念がそれ程変わったとも思わないが、エリザベスの物言いや夢見るような恋愛観は可愛らしい。この娘の半分でも奔放さを持ち合わせていたら、アメリアの人生は全く違ったものになっていただろう。


「でも、レディ・セントネービス。彼は手強そうですわ」


 エリザベスが鼻の頭に皺を寄せて言った。


「イザベラが彼に振られたって、お聞きになった?」


 エリザベスは声を潜めた。秘密の話にわくわくしているのを隠す気はないらしく、瞳がきらきらと輝いている。

 反対にアメリアは、ひどく興味を引かれているくせに素っ気なく肩を竦めて首を振った。エリザベスが手招きするので仕方なく、という態で耳を寄せる。


「先月、こちらのお屋敷でパーティーがあったでしょう?レディ・セントネービスはご気分が優れなくて休んでらしたからご存じないでしょうけど、広間を出ていくローウッドの後を追うようにイザベラも出て行ったのですわ」


 エリザベスはそこで一度言葉を切った。


「暫くしてイザベラだけ帰ってきたのですけど……」


 更に声を潜めて囁く。


「彼女、泣いた跡がありましたもの。きっと振られて泣いたのですわ」


「まあ」


 アメリアは体を起こしてくすくす笑った。

 周りの何人かが驚いたように振り返る。アメリアが表情を崩すことは珍しい。エリザベスも口をあんぐりと開けている。


「みんなあなたの想像なの?」


 アメリアは尚もくすくす笑いながら言った。


「駄目よ、想像だけで噂話をしては」


「あら、間違いありませんわ」


 エリザベスは頬を膨らませた。


「だって、イザベラったらあれ以来ローウッドに近付こうともしませんのよ。見ようともしないのですわ」


 アメリアはちらりとイザベラを窺った。彼女の周りには数人の男女が侍り談笑している。確かに今はクイルには目も向けていない。だからといってエリザベスの妄想が真実だとは言えなかった。それに、先月のパーティーではクイルはアメリアと一緒にいたのだ。誰も知らないけれど。

 アメリアの頬に赤みが差した。ちらりとクイルを盗み見ると、こちらには目もくれずに男爵と話し込んでいる。


 アメリアは溜息を呑み込んだ。四六時中見つめていて欲しい訳ではないけれど、皆が注目しているときくらいこちらを見てくれてもいい気がする。あんなに熱烈に求愛してきたのだから。

 自分で袖にしたくせに、アメリアは少し腹が立った。ほんの少しだけだけれど。


 もっとも、クイルはもうアメリアに興味を失くしたかもしれない。あれから何度も屋敷に来たが、礼儀正しくお茶を飲むだけでそれ以上踏み込んでこない。求愛されたのだって、最初の日だけだった。

 憂い顔で振り返るとエリザベスがあんぐりと開けた口を扇で隠して目を見開いている。


「どうなさったの?」


 アメリアは心配になって訊いた。


「レディ・セントネービスこそどうなさったの?」


「え?」


「今日のあなたはとても綺麗……」


 アメリアは頬を染めた。それがますます美しさを際立たせることになるとは気付かずに。

 エリザベスがほうっと溜息を吐いた。


「あなたがそんな風に表情豊かになったら、きっと大方の紳士が恋に落ちてしまうわ」

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