春 それでも

 クイルが出て行った図書室で、アメリアは独りぼんやりと座っていた。

 クイルに掻き立てられた情熱の埋み火がまだ身体の奥で燻っている。アメリアの官能を掻き立てるだけ掻き立ててクイルは出て行った。

 接吻けられることも、抱き締められることもなかった。クイルは身体を繋ぐことすらしなかった。眉ひとつ動かさずに淡々とアメリアを苛み、アメリアが堪えきれずに身体を震わせても表情を変えなかった。そしてアメリアのドレスを元通りにすると何も言わずに立ち去った。


 残されたアメリアはただぼんやりと刻を遣り過している。

 きっと、何かを考えたら泣いてしまう。

 だからただぼんやりと身体の奥の熱が退くのを待った。


 もう少ししたら舞踏室に戻ってエリザベスを連れて帰ろう。もう十分ダンスを楽しんだはず。

 そして屋敷に戻ったら、部屋に籠って泣いたらいい。クイルの代わりに自分でこの身を抱き締めて、傷付いた心を慰めてやろう。




     ***




 それからの社交の場はアメリアにとって拷問の場になった。

 クイルはアメリアが独りになったときを逃さずにアメリアに触れた。接吻けはせず、決して抱き締めず、アメリアを求めなかった。


 求めるのはいつもアメリアだった。


 わざと隙を作ってクイルに触れさせた。

 そんなときに感じるのは苦しみばかりなのに、クイルに触れられたくて堪らなかった。クイルが欲しくて堪らなかった。


 どうかしている。

 なるべくクイルと顔を合わせないようにして、二度と触れさせないようにするべきなのに。


 レディ・セントネービス、

 クイルにそう呼ばれる度に心が引き裂かれた。

 ミスター・ローウッド、

 そう呼ぶ度にアメリアのなかの何かが壊れた。



 それでも、逢いたい。


 二度と触れられないと思っていたものに触れたい。

 たとえそれが苦しみしか生まなくても。



『いつかその時が来たら』


 公爵は言った。


 クイルは元々姓を持たなかった。そして今は公爵から与えられた姓を名乗っている。新しく自分で付けることも出来るのに。

 その事実はアメリアに残酷な期待を持たせた。


 クイルはまだアメリアを求めているかもしれない。

 冷酷な仕打ちの裏に何かが隠れているかもしれない。

 いつかまた、優しく抱き締められるかもしれない。


 もしその期待が叶えられたところで、アメリアはきっと受け入れることが出来ない。それでもアメリアは期待した。

 甘い夢を見ずにはいられなかった。

 そうでもしなければ、向けられる冷たい視線に耐えられなかった。

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