思わぬ来訪者
第37話 思わぬ来訪者 01
◆あおぞら剣術道場
一方、あおぞら剣術道場では。
「……はぁ」
ムサシが深い溜め息を吐いていた。
彼は道場の床に正座をしながら、ユズリハの稽古風景をずっと見ていた。
「素振りは基本よ。はい。あと五十回、腕の角度と足の歩幅に気を付けながらゆっくりと。――はい。いーち、にー、さーん――」
ユズリハの柔らかな声音に合わせて、門下生達は一斉に声を放つ。そこに手を抜く者など一人もいなかった。
やがてユズリハが声を出すのを止めて門下生達だけに発声を任せる。それでも速度も大きさも一定で乱れず、また振りの動作も変わっていない。
「……はぁ……」
「あら、どうしたのセイちゃん?」
手に持った布で汗をふきながら、ユズリハが覗き込んでくる。彼女の豊かな胸が揺れるが、しかしながら俯いているムサシはそれについて何も反応を返さない。
それどころか更に頭を下げる。
「すまん、ユズリハ。俺はお前に謝らなくちゃいけない」
「な、何を……? はっ! まさかアカちゃん関係で!?」
「ああ、ある意味そうだねえ」
「まさかアカちゃんと赤ちゃんを……?」
「いやいや。そこまで外道じゃないよう」
顔を上げて苦笑しながら否定するムサシ。彼はユズリハの目を真正面に見据えて謝罪する。
「昨日、お前に言ったよね? お前のやり方をしていれば剣士として強い領域には行けない、だからお前は先生役を辞めろ、ってな」
「……ええ、そうね。でもそれは正しいと――」
「あれ、間違いだったわ」
「へ……っ?」
呆けるユズリハの後ろの門下生達に視線を向けながら、ムサシは言う。
「あの素振りの鍛錬は剣士として非常に理に適っている。足の動きや手の動き……全てが剣士としてきちんと強くなるように考えられている。ユズリハが考えた練習法だろ?」
「そうだけど……でも私はセイちゃんの言った通りに剣士ではないから……」
「いや、だからこそ外から見た剣士の姿をきちんと映しているんだ」
正直に驚いたよ、とムサシは首を振る。
「だからこそ、もう一つ、驚いたことがあるんだよ」
「もう一つ?」
「疑問に思わないかい? 俺がそんな風にお前のことを言ったのは、お嬢ちゃんのことを見たからなんだぞ。この鍛錬を一番身近で積んだお嬢ちゃんが、一番剣士としてかけ離れていたんだろうね、って」
「あっ……」
ユズリハは手を口元に当てる。
「そういえばそうね……思い当たらなかったわ」
「お嬢ちゃんだけに特別な稽古でも付けた?」
「そんなことは絶対にしないわ。道場主として、贔屓目で鍛錬に差は付けないようにしていたから。……今はセイちゃんに見いだされたってことだし、実力も一番になったから多分そうしても誰も文句は言わないだろうけど」
「うん。他の人と同じ鍛錬をしていたのに、お嬢ちゃんはめきめき実力を付けていった。そういうことなんだね」
「そうなるわね。でも……今考えると、才能があったからとしか――」
「うんうん。俺にも分かったよ。お嬢ちゃんは才能があるよ。それは間違いない。但し――」
ムサシは首を横に振る。
「それは、剣の才能じゃないけどね」
「え……?」
剣の才能ではない。
その言葉にユズリハは口元に手を当てたまま、顔を青ざめさせる。
「アカちゃんに……剣の才能が……無い……?」
「ああ、いやいや。言い方が悪かったね、ごめん」
「へ……?」
ムサシは軽く笑いながら、呆けているユズリハに向かって説明する。
「剣の才能、っていう曖昧な言い方じゃなくて、むしろ逆。お嬢ちゃんは……『剣士として強くなる為の才能も持っている』って方が正しいよ」
「……? どこが違うの、って……『も』?」
「そう。そこだよ。お嬢ちゃんの凄い所」
ムサシは自分の頭部を指差す。
「お嬢ちゃんは剣士でも、ユズリハのような格闘家でも、ありとあらゆる武術家の中でも特化した存在になっていただろうね。きっと」
「何で?」
「それはお嬢ちゃんが――」
と、ムサシが説明しようとした、その時だった。
「にゃっははー。お邪魔するにゃん」
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