第6話 出会い 06
◆
「全く……助けてくれた恩が無ければ警邏隊に連絡していたわよ!」
「いやーすまないすまない」
アカネと無精ひげの男は並んで町中を歩いていた。その彼の頬にはくっきりとした紅葉が刻まれていたが。
「だって仕方ないだろう? 君が逃げ出すと思ったんだから。いきなり走ってどこか行こうとしたら、絶対に約束を守る気がないんだろうと思ってさあ」
「うっ……それは……傍から見たらそうだけど……」
人差し指をツンツンとしながら唇を尖らせるアカネ。
が、すぐに頬を膨らませて抗議する。
「というか倒れ込んだ後に胸とかお尻を揉んだのはそれに関係ないでしょう!?」
「いやいやー。筋力を確かめていたんだよねぇ。君の剣士としての実力を見るためにねえ」
「嘘つかない! おっちゃん剣士じゃないでしょう!」
「んん? 剣士じゃなくてもそういうのは分かると思うよ。筋肉の付き方とかそういうので」
「胸の筋肉が無くて悪かったわね!」
「そんなことは一言も言っていないんだけどねえ……」
男性は困り顔で頬を掻く。
「そもそも胸は筋肉じゃなくて脂肪じゃないと柔らかくないから嫌だなあ、俺は」
「おっちゃんの好みは聞いていない!」
「ええ……理不尽なあ……」
もうお手上げ、といった様子で文字通り両手を上げる無精ひげの男。
その腕を見ながら、彼女は小さく息を吐く。
「それにそんな細腕じゃ剣も握れないでしょう」
先程、平手打ちをお見舞いしてしまった後、彼はずっと地面に座り込んだままだったので少しの気まずさを感じながら手を貸して引き上げた時にも思った。
かなりの細腕。
更に筋力もない。
こんな腕では刀剣に振り回されることは出来ても振り回すことは出来ない。そんな握力もないだろう――と剣士の直感で分かった。
それ程までに折れそうな両腕であった。
「そうなのよお。おっちゃん、箸より重い物を持てない年頃なのよ」
「そんな年頃はないでしょ。というか『箸より重い物を持ったことが無い』と、『箸が転んでも笑う年頃』が混ざっているわよ」
「おお。よく分かったねえ」
間延びした声で褒めながらパチパチと手を叩く無精ひげの男性。褒められているように見えて舐められているように思えたので、アカネは少しむっとする。
「それよりおっちゃんって何者なのさ? 突然現れたと思ったら変なこと言いだして味方する、とか訳が判らないことを」
「あー、あれかー。今だから言うけどさあ」
にっ、と彼は白い歯を見せる。
「あれ、最初からお嬢ちゃんの味方をするつもりではあったよ」
「……え?」
「どっちが悪いかなんて明白だったからねえ。――あの路地から血相変えて逃げ出してきた人から話を聞いていたから」
「あっ……」
「『女の子を助けて、僕が傷つくのを守ってくれた女の子を!』……ってね」
あの男性だ。
人相の悪い男達に絡まれていた男性が、きちんと伝えてくれたのだ。
「……良かった」
あの後、別な人に捕まったりしていないか少しだけ心配していたが、そうではないようでホッとひと安心した。
彼女が正義感を振りかざした理由になった男性が無事であったことに。
そしてその男性が助けを呼んでくれたことに、心が暖かくなった。
――私は間違っていたけれども、それでも少しだけ良いと思えることが出来た。
「あ、だからといってさっきの約束は守ってもらうからねえ」
「……………………台無しよ」
せっかく良い話になりそうだったのに――と彼女は再び頬を膨らませる。
だが彼にとっては当然の主張だとも理解している。
だからこそ、この行き場のない気持ちを溜め息という形で表現する。
「はあ……まあ仕方ないわよね。そんなに女性に飢えているの?」
「そうだよ。各地を流浪しているとどうにも落ち着かなくてさあ。そろそろ身を固めようかと思っている所なんだよ」
「へえ……おっちゃん、根無し草なんだ」
「言い方にちょくちょく棘が入るねえ」
「あ、お饅頭屋さんここだよ。良かった! ちょっと並んでいるしまだ売り切れていないみたい。ちょっと待っててね!」
苦笑する無精ひげの男にそう声を掛けて、アカネは饅頭屋の列へと向かって行った。
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