くそっ――!


 カティは計器類を思わず拳で叩いた。


 イザベラ、否、ヴェーラの覚悟の重さは、カティの想像を超えていた。悲痛で悲愴な決意の塊だった。


 カティの到着を待たずに、第一艦隊の構成艦艇が全滅する。


『よく頑張ってくれたね……』


 ヴェーラの深い溜息とともに、その言葉は消失していく。その労いの言葉はカティの心に突き刺さり、抉り、消えて行く。


『わたしもすぐに行くだろう』


 ヴェーラはそうとも言った。


「待ってろよ! くそっ!」


 いつぞやの約束――その時は、あなたが殺して。


 そんな約束はクソッタレだった。守ろうとなんて思わない。そしてそれ以上に、自分以外がヴェーラを手にかけることなど、あってはならないことだった。


「ヴェーラ、見えてるんだろう!?」


 カティは叫ぶ。カティの目にも、水平線の上にセイレーンEM-AZの姿が見えてきていた。薄緑色の炎が艦を包み込んでいる。


 ……?


 先ほどまでとは違う、目の覚めるような鮮やかなの群れがカティを包み込む。


『今、同調シンゼシスが起きています』

「意味は?」

『セイレネスに共感することで、彼我のセイレネスの能力を高め合う技のようなものです』

「敵、味方、でもか」

『肯定です』


 マリアは感情を完全に排除した声で応じた。


 カティの目には、セイレーンEM-AZと、二隻の制海掃討駆逐艦――アキレウスとパトロクロス――が、まるで蛍のように呼応しながら明滅する姿が見えていた。


『同調するか。さすがだな、ディーヴァたち』


 ヴェーラの呟きがカティの中に明瞭に響く。


 その直後、カティは身体一つで、空間に放り出された。


「!?」


 あまりの急展開に、さしものカティも驚愕を隠せない。その闇とも影ともつかない空間の中に、ふわりとマリアの姿が現れた。


「ここはセイレネスの論理層、バルムンクの一部です」

「意味が分からない」


 カティはマリアの方へ移動する。しかし、距離が十メートル程度の所から縮まらない。


「わかる日も来るでしょう」


 マリアがそう言ったその瞬間、その何もない空間にが満ちた。まるでオーケストラのように、多種の音色が組み合わさり、昇華し合う壮大なの群れ。その音はやがて一つのメロディラインを描き始める。言うまでもない、あの『セルフィッシュ・スタンド』である。


 遠くに、遥か遠くに、ヴェーラと、アルマ、そしてマリオンの姿が見える。


『良い歌、だろう?』


 ヴェーラは微笑んでいた。


『はは、泣くなよ、アルマ』


 ヴェーラはアルマとマリオンを抱き締めていた。カティは手を伸ばし、走る。しかし、その遠さは変わらなかった。その途中に佇むマリアの後姿もまた、近付いては来ない。カティはそれでもヴェーラの名を呼びながら手を伸ばし続ける。


『きみたちにだけでもね、わかってもらえたのなら幸せだよ、わたしは』


 ヴェーラが言う。カティは「冗談じゃない!」と怒鳴る。


 アタシを忘れるな、と。


 その瞬間、ヴェーラがカティを見た。昔のままの、流麗な白金の髪プラチナブロンドと、整った美しい顔のヴェーラだった。それを見た瞬間、カティの両目から涙が零れた。


 ヴェーラはにこりと微笑み、小さく手を振った。


 そして、唇の動きだけで「ありがとう」、確かにそう言った。


「ヴェーラァァァァァッッッッッ!」


 カティは無駄と知りながらも、走り続ける。息が上がり、胸が痛くなり、涙で前が見えなくなっても、カティは諦めなかった。


 ヴェーラは抱き締めていたアルマとマリオンから手を放し、そして数歩離れた。


『さぁ、わたしはきみたちの未来のためにここにいる。わたしを、撃て』


 その言葉が聞こえた瞬間、カティの意識はコックピットに戻っていた。


 眼下ではセイレーンEM-AZと、変形を開始した二隻の制海掃討駆逐艦が向かい合っている。周辺の空海域は薄緑色の炎に覆い尽くされていた。カティのエキドナもまた、その炎に取り巻かれていたし、第二艦隊の艦艇もその炎から逃れられているのは皆無だった。


 その薄緑色の炎の中を、が満たしている――。


『セイレネス発動アトラクト・モード・白銀の女神レウコテア!』


 アルマとマリオンが同時に叫んだ。二隻の駆逐艦が直視できないほどに輝いた。


「やめてくれ! そんなの、ヴェーラが死んでしまう!」


 カティは喉が切れても構わずに叫んだ。


「アタシの大切な人を、もうこれ以上奪わないでくれ! お願いだ! マリア! なんとかしてくれ!」

『カティ』


 マリアの静かすぎる声がカティの脳内に響く。


『こんなにも姉様のことを想ってくださって、ありがとうございます』

「違う、そんな言葉いらない! そうじゃないんだっ!」

『でも姉様は、この結末をこそ、望んだのです』

「アタシじゃ! アタシじゃダメだったのか! 約束したのに! アタシは!」

『あなたのことが大好きだったから』


 マリアは言葉を詰まらせながら言った。


『大好きな人に、そんなことをさせたくないと。姉様は思ったのでしょう』

「そんなっ、そんなこと!」


 カティは今すぐにもキャノピーを吹き飛ばして外に飛び出したい気分だった。だが身体が言う事を聞かない。指一本自由に動かせない。


「やめてくれ、やめるんだ、マリオン! アルマ! やめてくれぇっ!」


 願い、祈る。


 しかし、それも虚しく。


 セイレーンEM-AZは強烈な閃光に包まれたかと思うと、巨大な爆炎を吹き上げた。そこにはセイレネス同士の干渉はなく、実にあっさりとした幕切れとなった。セイレーンEM-AZは見る間に傾斜し、沈んで行く。

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