光
エディタたち五名のV級と指揮下のC級たちは、クララとテレサを先頭に押し立てた第一艦隊と対峙していた。
「クララ、テレサ、降伏するんだ!」
エディタが祈るように通告した。しかし、その祈りが聞き届けられることはない。
『エディタ、僕たちの気持ちはもう伝わっているはずだよ』
クララが応じる。テレサも同意した。エディタは二人がこう答えることを知っていた。知っていたが、しかし。エディタは苦悩する。クララとテレサは、共に多くの戦線を共にしたかけがえのない仲間なのだ。
「わたしはお前たちを討ちたくない。どうか降伏してくれ」
『拒否するよ』
『私も』
この分からず屋たちめ――と、エディタは唇を噛み、三キロ向こうに並ぶ軽巡を睨む。
『僕たちは二人合わせても、エディタ、君一人にすら及ばない。クワイアたちを加えたって、きっと君たちのワンサイドゲームに終わる』
『けれど、それでも私たちの意志は変わらない。私たちは、クワイアたちも含めて、みな覚悟を決めているの。こんな所で白旗なんて上げたら、それこそネーミア提督の想いに泥を塗ることになる』
『そうだね、テレサ。それにね、エディタ、この罪はネーミア提督であろうとも、一人で背負うには重過ぎる。僕はそう思うんだ』
エディタは唇を引き結び、震えながら耐える。涙が一粒こぼれ落ちた。
「それでも……二人は私の大切な……親友じゃないか」
『あのね、エディタ』
クララが囁く。
『それ以上、僕らを迷わせるのはやめてくれない?』
「しかし、私は……!」
『僕らは全力で抵抗する。ただ黙ってなんてやられはしない。それが僕たちの意志だし、僕たちの意地だ』
クララの声の温度が急激に下がる。それを聞いて、エディタはようやく、後戻りが出来ないという事実を実感した。
「……わかった」
その声が大きく震えた。
「セイレネス、
海域が薄緑色の光で埋め尽くされていく。全員が戦闘モードに切り替わった瞬間だった。
「レオナ、指揮を……」
『先輩、良いんですか』
「……最善は、尽くした」
エディタは
『わかりました、エディタ先輩』
レオノールは無感情に応じると、全艦に一斉射撃を命じた。第一艦隊からも熾烈な火線が
だが、数が減るに従って、第一艦隊の
「レオナ、私と君でクララとテレサを討つというのはどうだ。このままあの二人を野放しにしていては、こっちのクワイアが持たない」
『……そうですね。しかしそれは』
「論理戦闘しかない」
生身で殺し合う。艦砲ではなく、この手で止めを刺すという事を意味する。エディタは自分の右手を握り締め、もう一度「論理戦闘だ」と呟いた。
『わかりました』
レオノールは静かに応えた。
レオノールの重巡ケフェウスは、テレサの軽巡クー・シーに艦首を向けた。エディタの重巡アルデバランは、クララの軽巡ウェズンに正対する。そして四隻がほとんど同時にあらん限りの火砲を撃ち放つ。数十発にも及ぶ対艦ミサイルも飛び交い、激突し合う。空間の熱量が爆発的に高まり、朝方の海は陽炎に揺れる。
本来ならば圧倒的であるはずのケフェウスも、そしてアルデバランも、少なからぬ損傷を受けていた。それはクララとテレサの強烈な意志の力の高まりを物語る。
「クララ、やるじゃないか」
『これが力への意志だよ、エディタ。窮鼠猫を嚙むとも言うんだけどさ。ともかく、君に迷いがあるうちは、僕にすら勝てやしないんだ』
「……だな」
極至近距離ですれ違いながら、互いの主砲を撃ち放つ。エネルギーの槍と盾がぶつかり合い、輝きとなって消失していく。
『エディタ、僕は迷わない』
「私も、だ」
まるで馬上槍戦のように、二隻の巡洋艦はぐるりと艦首を返し、再度の反航戦を演じる。彼我の距離は百メートルもない。ほとんどぶつかりそうなほどの間合いで、互いのセイレネスの障壁を削り合いながら鮮やかな色の火花を散らす。軽巡ウェズンの主砲から機関砲までが一斉に火を噴いた。それはエネルギーの槍と化して、重巡アルデバランの主砲を一基吹き飛ばした。
「くそっ」
エディタは思わず吐き捨てる。頭をしたたかに殴られたかのように、視界がふらついていた。そこにウェズンからの第二射が襲い掛かってくる。
「させるかぁぁぁぁぁっっっ!」
これを食らえば致命弾になる――エディタは瞬間的にそう悟った。そう、クララは間違いなく殺す気で撃ってきているのだ。もはや甘いことを考えてもいられない。
エディタはそのエネルギーと化した弾丸の群れを意志の力で叩き落とす。その度に脳内で意識が飛びそうになるほどの音量の不協和音が鳴り響いた。その間にも、アルデバランは主砲での応射を終えている。
数百分の一秒という時間が、何百倍にも引き延ばされていた。エディタの精神は、論理の地平面にほとんど接触しているような状態だった。何もかもが止まって見える。
だが、そう感じたのも文字通り一瞬のことで、はたと気が付けばエディタの意識は純白の空間の中に落ちていた。
論理空間に弾き出された……!?
エディタは自分の手の内にある大型の拳銃と、十メートルばかり離れた所に立っているクララの姿を見て、その特異な状況を把握する。
「やぁ、エディタ。まさかこんなことになるとはね」
「クララ……」
「どうやら――」
クララは手にした拳銃を見る。
「僕たちはここで殺し合わなきゃならないみたいだ。やれやれ、あっさりとはお別れできないみたいだね」
「待てよ、クララ」
「悠長なことは言ってられないと思うけど」
クララはそう言いながら、流れるような動作で撃ってきた。エディタは寸でのところで壁を立てて、その一撃をやり過ごす。
「逃げていても解決にはならないと思うよ、エディタ」
壁が着実に削られていく。一瞬ごとに着弾音が大きくなってくる。
「クララ、やめてくれ! こんな、こんなことっ!」
「生身の僕を撃てないって?」
「そうだ」
「どうして?」
「どうしてって……」
単純明快な問いかけに、しかし、エディタは答えられない。クララは前髪の奥に表情を隠して言う。
「さっきまで僕らは軍艦で撃ち合っていた。生死を賭けてね。だから、この空間での勝利者が、さっきの砲撃の勝者になるんだと僕は考えている」
「でも……」
「撃たれた弾はもう戻らない!」
クララは苛々とした口調で吐き捨てた。
「君が死ぬか。それとも僕を殺すか。そのどちらかしかないんだ!」
クララが叫ぶと同時に、エディタが立てた壁が崩落した。もうもうと白い土煙が上がる。
「君が僕を殺さないなら、僕が君を殺す!」
「私は死ぬわけにいかない!」
土煙が消え去った時、二人の歌姫は互いの額に銃口を向けていた。互いの距離は二メートルしかない。外す距離ではなかった。
「ならば、僕を殺すがいい!」
「私はッ!」
クララが引き金を引いた。それはエディタの左肩を撃ち抜いた。エディタもその直後に引き金を引いていた。ダメージを受けたショックで、右手の人差し指が勝手にトリガーを引いたようなものだった。
「っ――!?」
エディタは混乱する。クララが仰向けに倒れている。その周囲の空間が赤く色付いていく。クララは左手で自らの胸に触れ、その赤く染まった手を掲げて見せた。
「クララっ!」
「はは、こんなもんだよ」
その時、一際高い音が鳴り、空間にテレサが現れた。
「クララ!?」
テレサはエディタを突き飛ばし、クララのその血染めの手を握りしめた。そして、エディタを睨みつける。その手には拳銃が出現していた。
「エディタ!」
エディタに銃口を向けたその瞬間、テレサの背後に現れたレオノールが、その背中に向けて三発、発砲した。テレサは銃を取り落とし、クララの上に倒れ込む。
「終わり、かぁ……」
テレサはクララの手を握りながら、虚ろな声で呟いた。クララはもう事切れていた。
「今、行く、から、ね……」
テレサの目から涙が零れる。そして、そのまま息を引き取った。
「クララ! テレサ!」
エディタは膝をつき、右手で二人を抱き締めた。一人立つレオノールは、呆然とした様子で右手の銃を見つめている。
「私、必死で、その……」
「いいんだ、レオナ」
涙声でエディタが言う。
「いいんだ」
光となって消えて行く二人の親友を見送りながら、エディタには、そうとしか言えなかった。
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