#30:アイディール・リヴィール

#30-1:ラストスタンド

だから、諦めない!

 紙を破るかのように、コルベットたちが撃砕されていく。アルマとマリオンのPTC完全調律コーラスの前には、C級など物の数ではなかった。一切の反撃を許すことなく、完全に一方的に沈めていくのだ。


 マリオンとアルマは泣きながら、粛々と歌姫たちを殺戮した――そう表現するのが妥当なところだろう。


『ヴェーラ・グリエール! もういい! もうやめさせて!』

「それはね、できない相談なんだよ」


 アキレウスに向けて、主砲弾を一発お見舞いしてやる。だが、極至近距離であるにもかかわらず、その弾道は大きくじ曲げられる。イザベラは思わず「なんだと」と声を上げた。マリオンは叫ぶ。


『あなたの歌ったセルフィッシュ・スタンドは、痛みのある歌だった! 悲しくて、つらくて、でも、そういうの全部認めて。その無念さを、苦しさを、みんなに共感させる歌だったじゃない!』

「はは……痛み、か」


 イザベラは病的に笑った。


「確かにそうだな。わたしはあれを通じて、わたしを理解して欲しいと願ったんだ。あれはわたしも驚くほどに。しかしな――」


 イザベラは無意識に右手を握りしめていた。


「血に染まったわたしのこの手は。に染まったこの身は。あの歌とは結び付けられはしなかった。わたしが願ったのは万人の幸福、戦争のない世界、冬の果ての常春。冬来たりなば春遠からじ――そう言い聞かせ、わたしは耐えた。いや、わたしとベッキーは、二人で何とか耐えようとした。そのかんなんの末に生み出されたのが、あの歌だった」


 悠然たる演説を前にして、マリオンは委縮する。


「わたしは何一つ変わってはいない。ただ、美しい顔で美しい言葉を綴るのをやめただけだ。人々にとって耳あたりの良い言葉を連ねるのをやめただけだ。優しく聞こえるだけの言葉を捨てただけだ。見てみろ、振り返ってみろ。わたしはただ仮面を被っただけだったのに、人々は、あまつさえきみたちも、わたしがヴェーラであることに気付かなかったじゃないか」


 それは何と滑稽なことだっただろう。疑いを持つ者は一定数はいた。だが、確信できた人物は、恐らくは数えるほどしかいなかっただろう。イザベラとヴェーラは、その所作も声も言動も髪の色も、あまりにも違っていたからだ。何より、マスメディアやネットへの情報工作が、人々の認識に容易くバイアスをかけた。彼らは情報に対し、あまりにリテラシーがなさすぎた。ロジカルに疑いを持つ能力がなさ過ぎた。


「わたしたちが十数年間も苦労して、そして何一つ成果を上げることができなかったというのに。わたしがこの艦の砲を彼らに向けたその途端に、社会は変わり始めた。激変した。人々は歌姫セイレーン、いや、きみたちに尻尾を振り始めた。これにはわたしは本当に落胆した。今までわたしたちがしてきたことは、いったい何だったんだろうかとね」


 それはイザベラが望まなかった結果ではない。だが、あまりといえばあまりにあっけないその展開は、本当に言葉通りの喪失感と虚無感を、イザベラに抱えさせた。


「国民は知っただろう。歌姫というのが、生の感情を持つただの人間なんだと――ようやく理解しただろう。わたしの行為おこないによって、彼らは歌姫の何たるかにようやく思い至った。きみたちを見て、ほんの何百分の一かに過ぎんだろうが、現実を知った」


 イザベラは目の前に佇む二隻の制海掃討駆逐艦を睨みながら、息を吸う。


「わかるか。彼らはいつ襲ってくるかもしれぬ恐怖の中で、ようやくそこに至ったんだ。それまでと思っていた庇護が失われる可能性に気が付いてようやく、そしていとも簡単にね。これが何を意味するかわかるかい」

『理解しようとさえ、していなかった……』


 アルマが答えた。それは痛切な響きを持っていた。イザベラは「そうだ」と肯定する。


「彼らには変われる余地も機会もあった。なのに、彼らは享楽に浸り、その現状が永続する物だと信じ込み、一部の者を彼らの糧、言うならば生贄とした!」

『でも!』


 マリオンが叫んだ。


『それはそうだけど! でも、だって。そうじゃないですか』

「……ほう?」

『不幸にならなきゃ、それまで幸福だったなんてことに気付かない。失くさなかったら、それが本当に大切なものだったことに気付けない。それは確かに甘い認識なのかもしれない。苦しんでる人から見てみれば、本当に苦々しいことなのかもしれない。でも、それはあたしたち歌姫セイレーンだって同じじゃないですか。あたしたちだって特殊でも特別でもないと思うんです。彼らと同じ。でも、たまたま歌姫の能力があって、たまたまこんなことになっている。だからたまたま彼らの、人々の浅薄さとか、そういうものが目に付くだけ……そう思うんです』

「そうだ」


 イザベラはその言葉を首肯する。


「そんなことはわたしにもわかっているさ。でもね、違う。彼らは時間をかけ過ぎた。そして黙っていれば永遠にそのままだろう。だからわたしは動いた。わたしの次の世代に苦しみを残さないために。こんな酷い時代を招いたのは、ある意味私とベッキーの責任だ。だから、わたしが始末をつけねばならないと思った」


 がイザベラの周囲に満ちてくる。その支離滅裂な音の群れは、やがて一つの歌に昇華されていく――セルフィッシュ・スタンドだ。聞き慣れ過ぎたそのメロディを捕まえ、思わずその一節を口ずさむ。それはつらい思い出に紐づけられた、苦しい歌だった。


『わかる、わかります、提督』


 アルマの涙声が聞こえてくる。


『わかる。あなたの理想。言いたいことも、したいことも、その理由も、わかりました。でも! だめです。時間がかかるとか、理解されないとか、責任がどうとか。そんなことでを棄てちゃダメなんです。武器で言う事を聞かせようとしたってダメなんです!』

「きみは何故泣くんだい、アルマ」


 イザベラは静かに問いかける。


「理解しているからだろう? そんなものは幻想の中でしか実現できないんだって。そうだ、なんかでは平和は実現できはしないんだ」


 朗々たるその言葉は完全なる一枚岩モノリスのようで、全く付け入る隙がない。


「誰かが犠牲になるか、あるいは、誰かを犠牲にするか。世のなんていうざれごとは、そうして実現されてきた。歴史を見てみるんだよ。世界中の人々が、一つの争いもなく平和に過ごしていたなんて時代があったか? 誰かに哀しみを背負わせることなく、共苦し、そして共栄することができていた時代なんてあっただろうか? ないだろう?」


 イザベラは畳みかける。二人の少女に、反論の余地を与えない。


「ならば、犠牲が必要であるならば、世界が生贄を欲するというのであれば、強引にでも真の平和をじ込んでやるべきではないのか。時代に差し出される生贄たちの想いのためにも。ほんの数年であったとしても、たとえその根本が誤りであるとしても、万人が平和だと思える時代があったとしても良いんじゃないか」


 イザベラは自分の手段が最適だなんて思ったことはない。ただ、自分自身が取り得る手段の中では、現状こそが最も効果的で最短であるという自負を持っていた。


「人類がなんていう複合語を開発してから何百年が経った? それを開発した連中の言い及ぶとはどの範囲だ? 目に見える所だけか? いや、それすらも怪しいのではないか? 自分の住む町の片隅で何が起きているのかさえ明々白々に語れない連中が、それに目をやり想いを馳せることもできない連中が、だのなんだのと大風呂敷を広げる様は、まさに笑止の至りだよ」


 戦場は静寂に満ちていた。敵味方を問わず、全ての歌姫が、イザベラの言葉をじっと聞いていた。


「聖人なる人々は、確かにいた。だがね、非暴力を貫いたかの聖人も、ついには凶弾に倒されたではないか。その後、かの国はどうなった。彼の意志を継いだ人々は皆、力の行使を自重できただろうか。いや、そうではないだろう。大戦の後、旧体制が崩壊した後、確かにそれ以前よりはマシになった。だがね、それは非暴力の結果などではなかった。不条理な支配と、力による抵抗があったからだ。痛みによって、多くの人々が、自らのあやまちに気が付いたからに他ならないんだ」

『でも……!』


 叫んだのはアルマだった。


『だからといって、そんなことしたら! 力で人々を脅すなんてことしてたら! 私たちの歌はただの暴力の道具になってしまう!』

「ふむ」


 イザベラが相槌を打つと、今度はマリオンが声を上げた。


は、あなたがセルフィッシュ・スタンドを歌った時のように、平和のためにある。祈りのためにあるんです。戦争をするためにあるんじゃない。戦争をしないで済むように。そして、戦争の痛みを癒すためにあるんです!』

「綺麗事だ」


 イザベラはその訴えを一刀のもとに切り捨てる。


「きみたちも十年経てばわかるだろう。そんな思いは無駄だと。幻だと。兵器はしょせん、兵器なんだ。兵器以上にもなれなければ、兵器以外にもならないんだ。核は戦争を抑止すると、平和のための兵器なんだと言われていた時代があったよね。確かに、核による戦争は抑止できたかもしれない。でもそれだけだよ。戦争は無くならなかった。核を使わない戦争が発達しただけだったんだ。核を持つことで発言権を持とうとした国もあった。その過程で、そして結果で、どうなったと思う。結局は多くの死を生み出しただけだった。この虚しさが理解できるかい、アルマ、マリオン」

『あたしたちは、核兵器みたいなものだって……?』


 マリオンの率直な問いに、イザベラは思わず声を立てて笑った。


「なに、わたしたちは書くよりも圧倒的にクリーンで、さらには依存性まで備え持った戦略兵器だ。アーシュオンは量産に乗り出し、他国も恐らくその流れに乗るだろう。ヤーグベルテが生首歌姫を作る日が来ないなんて都合の良い事は考えるべきではない。戦争の形は変わるだろう。きみたちの時代に、確実に戦争は変わる。なくなりはしない。決して。きみたちは考えなければならない。選ばなければならない。兵器であるか、人であるかを」

『私たちは人間です』


 アルマが即答する。だが、その声には震えがあった。アルマは震えを押し隠しながら、言葉を繋げていく。


『私たちは兵器じゃない。消耗品でもない。私たちは訴え続けていきます。私たちは新米だし、人生経験もそんなにない世間知らずだし、確かに甘いし。でも、絶望もしてないんです。この世界に。この国に。だから……だから、諦めない。私たちは力に訴えることはしない!』


 これ以上ない程に明確な答え。それはイザベラの命を賭けた方法論を真っ向から否定していた。


『私たちは決して諦めません。言葉を捨てることはしません!』

「良いな」


 イザベラは頷いた。


「それなら、それで良いんだ」


 そして、西の空を指し示した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます