#29:ディスクローズド・ラショナール

#29-1:演出劇

新たなる真実

 二〇九八年十二月二十二日――第二艦隊の退却から約一週間が経過していた。アルマたちは航空輸送によって統合首都へと帰還させられ、査問会を受けていた。本来非公開であるはずの査問会だったが、その様子は何故かヤーグベルテ全土に中継されていた。


「ふむ」


 腕と足を組んで、すっかりリラックスした姿勢で、イザベラはメインモニタを見上げていた。二人の若いディーヴァは随分とやつれて見えた。二人はまるで罪人のように照らし上げられていて、その周囲にはシルエットと化した有象無象たちが座っていた。イザベラたちが幾度となくその目で見てきた光景と、何一つ違わなかった。


 モニタの中で誰かが言った。


『それでどうだね。キミたちで反乱軍は殲滅できるのかね』


 その問いに毅然と顔を上げたのはマリオンだった。


『わかりません』


 その答えに、イザベラは思わず「ほぅ」と声を出す。査問会の中の空気が凍り付いたのがわかる。セイレーンEM-AZの艦橋要員たちもそれをじっと見ていたが、その瞬間に口笛を吹いた者がいた。


『殲滅できてくれないと困るのだが』

『どなたがお困りになるのでしょう』

「ほほう?」


 マリオンのその答えに、イザベラは思わず手を打った。痛快だった。モニタの中がざわついていた。


『シン・ブラック上級中尉、口をつつしみたまえ』


 言うに事欠いて。イザベラは「ばかめ」と唇を吊り上げる。この放送を見ている知恵ある人々ならば、軍の中枢のレベルの低さに愕然とすることだろう。そして、歌姫たるものの扱いにも気付いてくれるに違いなかった。


 マリアめ、実に策士だな――イザベラは口元に浮かぶ微笑を止められない。大方、あのおこぼれ大統領をそそのかして、この盗撮劇を作り上げたのだろう。


『いい加減にしたまえ、上級中尉! キミは軍人なのだぞ。作戦には徹頭徹尾従う義務がある』


 まぁ、そうなるか。イザベラは腕を組みなおす。軍というのは本来そういう組織であり、この将官らしき男の言い分は至極正しい。だが、十八歳の少女たちには何一つ響かないだろう。そもそも、「忠誠を誓う」ことと「盲従する」ことは、根本からして意味が違う。いつの間にか混同してしまった大人たちと違い、少女たちは純粋だ。


『キミたちは先の戦闘で貴重な歌姫を二十四名も戦死させた。五名も戦列復帰は叶わないと聞いている。こんな被害は聞いたことが無い!』


 そりゃぁ、ないだろう。これまで、ほどの敵を前にしたことがなかったのだから。


 しかし、マリオンはなおも舌鋒鋭く言い返す。


『お言葉ですが、閣下。閣下は、そしてここに居並ぶ上層部の皆さんは、クワイアたちに何度死ねとお命じになりましたか。擦り減るのも構わず、何度死地に向かわせましたか』


 これは良い見世物だ。イザベラは喉の奥で笑う。自分が十数年かけても言えなかったことを、この少女は決然と前を向いて述べている。いとも容易く紡ぎ出されたその言葉は、イザベラの胸をも貫いていた。


『お答えください、閣下。今まで何人の――』

『侮辱は許さぬ。軍法会議ものだぞ』


 その発言者は、おそらく顔を真っ赤にしているのだろう。実に滑稽だった。そしてマリオンの答えは実に端的だった。


『ご自由に』


 ご自由にアズ・ユー・ライク、か! それはいい!


 イザベラはまた手を打って、そして足を組み替えた。艦橋要員たちの何人かは拍手さえしていた。


『そもそもだ』


 また別の将軍が口を開いた。


『反乱以前の被害なんてものは、そもそもがネーミア、アーメリング、両提督の采配の問題ではないのかね』


 艦橋はたちまちブーイングに包まれる。イザベラはサレットをぽんぽんと叩きながら苦笑する。モニタの中では、マリオンが煌々たる照明に照らされながらも、やはり超然とした表情を見せていた。査問会の中から幾らか野次が飛んでいたが、マリオンは「ふっ」と一笑に付した。


『休む暇もなく実戦に投入されていれば、どんな名将が指揮したとしても無事ではすまなくなる。そんなもの、士官学校の一年生にでもわかることです。その戦略を良しとし、甘え、ネーミア提督らの言葉に耳を貸さなかったのは、あなたたちではないのですか』


 その言葉に、査問会はたちまち騒然となる。将軍が中尉ごときに侮辱の限りをつくされたのだ。無理からぬことだった。


『アルマ・アントネスク上級中尉。キミはどう考えているのだね』

『シン・ブラックに同じです』


 アルマはその三色の頭髪を揺らし、ゆっくりと顔を上げた。まるで肉食獣のような瞳がギラリと輝いた。


『イザベラ・ネーミアがなぜ、今回のような暴挙に及んだのか。おわかりにならないのですか? ほんとうに』


 わからないだろうな――イザベラは嘆息する。


 歌姫たちの艦隊が組織されてからというもの、歌姫たちは特攻兵器よろしく消耗品扱いされてきた。摩耗に摩耗を重ねても、政府は次から次へと補充される体制を作り上げてしまった。骨の髄までしゃぶられて捨てられる歌姫たちを、今まで何人見送ってきたか。自分を慕ってくれた子たちを何人死なせてきたか。


 そして、時として大量破壊兵器の運用の片棒まで担がされたのだ。そしてこの手で、あの人の妻を焼き払ってしまった。あの人の心を殺したのはわたしなのだと、当時のヴェーラは自分を責め続けた。その結果、ヴェーラはを脱ぎ捨てざるを得なくなった。心が限界を迎えた時、ヴェーラは自らをイザベラへと変じさせたのだ。


『はっきりしていることを申し上げます』


 アルマが有無を言わせぬ声で言った。査問会の場を満たしていたノイズがあっという間に溶けて消えていく。


『ネーミア提督の艦隊には我々が対応致します。しかし、我々が全滅した折には、あなた方もみな、逃げることなく対処の程をお願い致します。無駄だとは思いますが』

『貴様、その発言は』

『やめたまえ、カーロイ将軍』

 

 ん?


 イザベラはモニタを凝視した。聞き覚えのある声だった。


『だ、大統領閣下……』


 照明が向けられた先に立っていたのは、がっしりとした中年男性、エドヴァルド・マサリク大統領その人だった。大統領はそのままアルマとマリオンの近くまで歩き、小さく頭を下げた。


『ご苦労だった』

『あ、あの……』


 思わぬ人物の出現に完全に虚をつかれている二人の少女に、イザベラは苦笑を見せる。まだまだ役者としては半人前だなと。


 そんな感想を尻目に、大統領はアルマとマリオンを従えるような形で、堂々たる様で演説を始めた。


『歴戦の将帥たる貴官らに相応しくもない言動の数々は、今回は不問に処する。貴官らが歌姫の子たちをどう思おうと自由だ。ここは民主国家だからな。だが、事実として。我々は歌姫たちに、セイレネスに、依存しているのだ。我々は誰一人、イザベラ・ネーミアに対抗する手段を持たない。この子たちを除いては。ならば、我々にできるのは、命ずることではなく、願うことだ。国家存亡の危機を前にして、今、何を躊躇する必要があるだろうか』


 その文言は恐らくマリアの書いたシナリオだろうと、イザベラは思う。大統領は朗々たるバリトンで、演説を続けていた。


『我々はこの十数年、歌姫たちに国家の安全を保障させてきた。この子たちが言ったように、むしろ使い捨てのような状況でだ。それでも、歌姫たちは常に我々に応えてくれた。我々を守ってくれた。違うかね』


 これは、もしかしたら世論が動くかもしれない。イザベラは少しだけ期待した。だが。


『ヴェーラ・グリエールもレベッカ・アーメリングも、そしてレネ・グリーグもこの子たちも、最初から兵器としての人生しかなかったと言っても良い』

「えっ?」


 思わず声が出た。出自のわからない自分たちはともかく、レネやアルマたちも? どういうことだ? イザベラは口元に力を入れる。モニタの中では大統領が冷徹な青い瞳を輝かせながら、言葉を続けている。


『我々は歌姫に依存してきたのだ。それなのに何だ。何年も共に過ごしてきた仲間たち、あるいは憧れの人と戦うことを強制されて、それを立派に成し遂げてきたこの子たちを、讃えるどころか非難一辺倒とは、いったいどういう良識なのか』


 だが、その言葉はイザベラの中には入ってこなかった。


 最初から兵器――その言葉がイザベラの心に突き刺さっていたからだ。

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