ファクト

 レオノールは四人のV級と、全てのC級を率いて陣頭に立っていた。目前四キロの地点を疾走しているのは二隻の制海掃討駆逐艦である。


「ネーミア提督以外は、私たちが引き受ける。あんたたちは……頼む」

『レオン……』

「せめてレオナと呼べと言っている!」


 苦笑しながら、そのお約束に応じるレオノール。


 だが、事はそう上手くは運ばない。アルマとマリオンの前に、相手になどなるはずの無いC級のコルベットたちが立ちはだかったのだ。それを見たレオノールは逆上した。そんなのは全くの無駄死にである。


 舌打ちしたレオノールの前で、さらに信じられないことが起きる。あのの率いるエウロス飛行隊が、雷爆撃でコルベットを撃滅したのだ。通常兵器がセイレネスを易々と貫いた――レオノールは息を飲む。


 アルマたちの周囲は文字通り火の海と化していた。断末魔が響き渡り、レオノールたちの心をえぐりに抉っていく。そんな中、アキレウスとパトロクロスは反転した。セイレーンEM-AZの巨大な主砲に完全に捕捉されている今、小さな駆逐艦にはそれ以外に生き延びる術はない。


 その時、イザベラのが響き渡った。


『以後、きみたちが戦いやすくなるようにしてやろう!』


 レオノールの中を漂っていた収斂しゅうれんした。瞳孔が小さくなったのではないかというような感覚。視界が暗転しかけたその瞬間、今度は世界が激しく眩しくなった。脳への刺激が強すぎて、レオノールは思わず頭を押さえた。


「う、うそっ……!?」


 セイレーンEM-AZ、軽巡ウェズン、クー・シー、そして生き残ったC級たちの艦船からの砲撃が、一斉にレオノールたちに向かってきていた。それは超音速の光の群れであったが、レオノールには異常にスローに見えていた。


『レオン、防いで!』

「やってる!」


 セイレネスは最大に発動アトラクトしている。だがしかし、効果が上がらない。それもそうだ。あのディーヴァ歌姫セイレーン、イザベラ・ネーミアの力が乗っているのだ。ヴォーカリスト級ごときが無効化できるはずなんてない。


 レオノールの重巡洋艦ケフェウスに、薄緑色に輝く対艦ミサイルの群れが迫る。


「だめだっ!」


 そう思った瞬間だ。


『やらせない!』


 マリオンの声が響いた。マリオンの意識の気配が、急速にケフェウスに近付いてくる。ミサイルの動きが完全に止まった。いや、それだけではない。海面の揺らぎすら、ぴたりと停止している。


「これって……論理の地平面……」


 呟いたレオノールの耳元で、マリオンが少し笑った。そして命令コマンドする。


『モード・リゲイア!』


 その刹那、時間が戻った。それと同時に、ケフェウスに向かってきていたあらゆる物理兵器はぜて消えた。雲散霧消という表現がしっくりくるような光景だった。


「うっそ……だろ……!?」


 圧倒的だった。相殺された総熱量は、反応兵器にも匹敵したはずだ。だが、今やそのエネルギーは跡形もない。冬の空は青白く、燃えていた海は、もはや凪ぎ始めていた。


歌姫艦隊ディーヴァ・アルマダ全艦に告ぐ』


 後方の第七艦隊司令官、クロフォードより通信が入ってきた。


『参謀部より撤退命令が出た。航行できない艦船は第七艦隊が引き受ける。速やかに撤退せよ。エウロスは引き続き上空哨戒、アーシュオンの艦隊に備えよ』

『エウロス了解』


 カティが応じている。


『半数は対空戦闘装備にするために戻るが、いいね?』

『空のことは任せる、メラルティン大佐』

『了解した』


 二人の高級将校の会話を聞きながら、レオノールは言葉を吐き出す。


「結局、私は何もできてないじゃないか!」

『レオナ、それは皆おなじだ』

「エディタ先輩……」

『だが、私たちには次がある。幸いにもな』

「幸い?」


 レオノールは歯軋りをこらえながら問い返す。エディタは二、三度の呼吸の間を経て、答えた。


『私たちは覚悟を決めている。クララやテレサもな。だから、私たちはお互いの覚悟が本物であるかどうかを、確かめなくてはならないんだ』

「わかりません」


 レオノールは首を振る。


「そこまでして何故確かめねばならないのか、私にはわかりません」

『だが、全員が全員、本気なんだ。だから私たちもそうでなければ決して勝てない。わかるな?』

「……それは、わかります」


 でも――。


『でも、と続けたい気持ちはわかる。でも、今は悩んでいる時じゃないんだ』


 迷っていたのは先輩たちじゃないですか――レオノールはその言葉を飲み込んだ。


『思うところがあるのはわかっている、レオナ』


 半ば以上の自虐を込めて、エディタは呟いた。レオノールは厳しい表情で、寒風吹きすさぶ海域を見つめている。


『すまない』

「謝られても私は納得しません。でも、やることはやりますから」

『……助かる』

「あまりそういう姿は見せないでもらえませんか、先輩。あなたは私の憧れの人だったんですから」


 レオノールはまったくもって無感情に、そう言い放った。

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