#28:イザベラ・ネーミア

#28-1:激突

ディーヴァたちの激突

 二〇九八年十二月十五日――。


 来たな――。


 イザベラは提督席から腰を上げて、メインモニタを見上げた。


「あと三十分でわたしの最大射程に入る。バトコンレベル最大で待機!」


 昼過ぎには、あのディーヴァたちと接敵することになるだろう。そう思いながら、コア連結室へと移動する。暗い小部屋に入るなり、セイレネスを発動アトラクトさせて、意識の目を水平線の彼方に飛ばす。


 二隻の駆逐艦、アキレウスとパトロクロスに先導されるようにして、約五十隻の艦艇が輪形陣を組んで進んでくる。その後方に目をやれば、航空母艦ヘスティアに率いられた第七艦隊の主力部隊と、新型の戦艦空母アドラステイアの姿が見えた。


「また、胡散臭いことで」


 思わず笑みを漏らす。第七艦隊司令官、リチャード・クロフォード。その思考はイザベラにも予測のできない、不確定事象の塊のような男だ。


 イザベラはフッと息を吐く。


 今回のこの件にしても、陰で手を引いたのはあの男なのかもしれない。最大の容疑者はアダムス大佐ではあったが、それはそれで分かり易すぎる相関関係だった。そもそも秘匿艦隊である第七艦隊に、アダムス大佐ごときがあれこれ指示を出せるとも思い難い。クロフォードが、間接的にではあるが、レネを殺したとも言って良い。


 クロフォードが黒幕だとするのなら、考えているのは世代交代に違いない。イザベラとレベッカが共倒れになることで、新たなディーヴァへの交代が否応なしに進む。その際にはレネという存在は邪魔になる。レネを喪失することによる戦力的な損失は少なくはないだろうが、よりディーヴァを手にする事をこそ、軍部も政府も望んだと考えて良いだろう。ヴェーラたちが積み上げてきたセイレネスのノウハウも十分にある現在、無理に暴れ馬を乗りこなそうとする必要もないという事だ。


 だが。


 そう、うまくいくかな?


 イザベラは凄絶な笑みを浮かべていた。


 の思惑通りにいくと思ったら大間違いだ。


「ほう?」


 イザベラは気配を感じて、意識をセイレーンEM-AZの舳先へと戻した。そこには二人分の意識、つまり、アルマとマリオンが佇んでいた。


「これで私とり合うつもりか?」

『ネーミア提督……』


 アルマの声が聞こえた。


「わたしたちは簡単には行かないぞ」

『わかっています』


 マリオンが律義に応答してくる。イザベラは思わず小さく微笑んだ。


『アルマ、行ける?』

『わ、わからない……』


 ――筒抜けだぞ、二人とも。


 イザベラは苦笑する。二人はまだ、そこに気を配る余力も技術もないのだ。コア連結室の中で、イザベラは大きく伸びをした。


『だいじょうぶ、行けるよ、アルマ。あたしが守るから、早く慣れて』

『わかった』


 二人の未熟者が励まし合っている。自分たちも昔はこんなだったかもしれない――そんな記憶を掘り起こす。思い出したくもなかったが、思わずだ。撃墜したアーシュオンの飛行士、ヴァルター・フォイエルバッハ。ヴェーラは確かに彼に恋をした。無念の別れを経てもなお、ヴェーラの中には諦めきれない感情がくすぶった。そしてその残り火が、ヴェーラを焼いた。ヴェーラの中には、あまりにも多くの可燃性のが溜まり過ぎていたのだ。


「良いだろう」


 イザベラは大きく息を吐いた。


「この機会に、戦いの何たるかを教えてあげよう」


 二人の少女の意識を、イザベラは弾き飛ばした。二人は為す術もなく悲鳴を上げて、それぞれの艦に引き戻されていく。二人の気配が完全に遠ざかったのを確認して、イザベラは口元を歪めた。


「第一艦隊、全艦、砲撃開始!」


 一斉に打ち上げられる火砲。それは炎の帯となって真昼の空を覆い隠す。第二艦隊の方も第七艦隊と共に砲撃を行ってくる。倍以上の数の火砲から放たれたその弾丸のエネルギーが、セイレネスの力で分解されて第二艦隊の前面に壁のように展開する。イザベラたちの放った砲弾は、その壁に衝突して中和されていく。


「だが――」


 それはイザベラの力の乗った攻撃である。半人前のディーヴァが二人いようと、背後に五名のヴォーカリストたちがいようと、その雷のような一撃を完全に止めることはできない。


 かわいそうだが――犠牲は必要だ。


 セイレーンEM-AZの主砲弾が、セイレネスの防壁をあっさりと突き破り、多くのコルベットやフリゲートを狙い撃ちにした。装甲も薄ければ、歌姫の能力も低いそれらの艦船は、為す術もなく轟沈していく。たちまちのうちに第二艦隊は坩堝るつぼと化した。


「受け止めてあげるから……!」


 イザベラはその断末魔を全て捕まえた。耐え難い痛みが心の奥を抉っていく。精神の内側を蝕むその絶叫に、イザベラは歯を食いしばって耐える。脳がどうにかなってしまうのではないかというようなその大音量の不協和音を、それでもイザベラは抱き止める。それがイザベラにできる、せめてもの罪滅ぼしだった。


「きみたちの痛みは、全てわたしが引き受けるから……っ」


 イザベラは第二艦隊から放たれてきた反撃を、事も無げに叩き落とす。歌姫たちは明らかに怯んでいた。圧倒的過ぎるイザベラの力を前にして、完全に腰が引けていた。


 第二斉射を繰り出したイザベラは、異変に気付いた。その直後、モジュール・ゲイボルグで形成された槍状のエネルギーが雲散霧消してしまう。


「なんだと……」


 海が碧く輝いている。コーラスだった。


「まさか、二人でコーラスを形成した……!?」


 あれは三名以上でなければできない技ではなかったのか。いやしかし、今のは間違いなくディーヴァ級の力。そしてあちらにディーヴァは二人……。


 それはイザベラとレベッカにですら、できなかった芸当だった。完全な同調シンゼシスを行えない限り、理論的にも不可能だとされた技術だったはずだ。


 だが、それならばまだ、やりようもある。


「斉射を続ける! 各艦、本艦にタイミングを同期せよ!」


 イザベラの怒声と共に、常識外れとも言える火力が、一斉に三度放たれた。


 




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