#27-2:コンダクタ

歌い手と指揮者

 レオノールは肩を怒らせながら、廊下を歩いていた。後を追うエディタたちが小走りにならざるを得ないほどの速度だった。


「もう良いでしょう、先輩。一人になりたいんです」


 レオノールは本気で怒っていた。


「待ってくれ、レオナ」

「なんですか、エディタ先輩」


 レオノールはまるで信地旋回のように振り返った。あまりに急な動作だったため、エディタは止まり切れずにレオノールに抱き留められるような形になる。


「す、すまない」

「いえ」

「はいはい、お二人さん。いきなりイチャつかないでおくれ」


 ロラが手を叩いて二人を引き離す。


「イチャついてなんていない。ぶつかっただけだ」


 エディタの真面目過ぎる回答に、レオノールは思わず噴き出した。


「良いんですよ、先輩。もうどうでも良いんです」

「そう、か」


 エディタはそう言うと、レオノールの耳元に唇を寄せた。


「迫真の演技だったな」

「えっ……」

「気のせいか?」


 エディタは一瞬だけニヤリとして見せ、首を振った。先ほどの丁々発止の背景も、エディタにだけはお見通しだった。


「ところであのソリストたちだが」


 五人は固まって歩き始める。その時だ。


「ソリストたちがどうしたの?」

「えっ」


 誰ともなしに声を上げた。五人もいながら、前から歩いてきていたマリアに誰も気付かなかったのだ。エディタらは慌てて廊下の端に並び、一斉に敬礼をする。マリアはやや面倒そうにそれに応え、「それで」と目を細めた。


「マリオンとアルマに会いに行っていたということだと思うけれど、それで、答えは出たのかしら?」

「こ、答え……?」


 エディタの声が上ずっていた。マリアはきゅっと口角を上げて、静かな迫力を込めて言う。


「参謀部を侮らない事ね」


 正確に言えば参謀部は関係なく、マリアのセイレネス感知能力ゆえのことなのだが、マリアにはそれを開示するつもりはなかった。マリアには先のV級たちの秘密会議のことなど筒抜けだったのだ。


「あなたたちはあの二人が、従うに値するかどうかを確かめに行った。違う?」

「回答は……命令でしょうか」

「イエス」


 マリアはこれ以上ないくらいのスピードで肯定した。エディタは渋々点頭する。


「その通りです、大佐」

「それで、あなたたち五人の答えは?」

「それは、これから――」

「出ているはずよ、答えなんて」


 マリアはぴしゃりと言う。


「そのためにレオナを使ったのでしょう?」


 お見通しだぞ、と、マリアはエディタたちを眺めまわす。五人はそれぞれに固唾を飲んだ。マリアはエディタたちにとっては雲上の人である。セイレネスに関する権限をほぼ全て握っていて、艦を取り上げることすらできると言われている人物だ。将官の二名が不在となった以上、今やマリア・カワセ大佐こそが、歌姫たちを管轄する最高位の人物である。マリアが一声上げれば、エディタと言えども簡単に処分されてしまいかねない――エディタたちはそんなふうに思っていた。


「その手法の是非はさておくとしても、ノイズを除去できたというのなら、私個人としてはその手段の責任を問うつもりはないわ。それで、結果としてはどうだったの? あなた方のお眼鏡にはかなったと言うの? エディタ、答えなさい」

「はっ、それは、その、自分たちは、その」

「ここまでさせてもまだ総意が取れてないと言うのなら、私はエディタ、あなたの監督責任を問うわよ」

「申し訳ありません……」


 エディタは俯いた。マリアはエディタのすぐ目の前に立ち、黒褐色の瞳でじっと見つめた。まるで蛇に睨まれた蛙のように、エディタは委縮してしまう。


「今は非常事態です。レオナはつらい役目を押し付けられた。違う?」

「それは……」


 口ごもるレオノールの前に移動して、マリアはその肩に触れた。


「答えなさい、レオノール・ヴェガ少尉」

「こ、肯定です……」

「なら、あなたの気持ちは? どうするつもり?」

「私はその、アルマとマリーの指揮下に入ります。私はあの二人を信じていますから」

「ふうん。それは本当に納得した上で? 同期のよしみとかじゃなくて?」

「はい。それはそうです」


 レオノールはきっぱりとそう言った。


「私はあの二人のことを良く知っていると思っています。あの二人は経験値こそ低いかもしれません。でも、私たちなりにあの二人を助けることはできると思っています。私たちはあの二人に全てを任せるつもりはありません」

「なるほど」


 マリアは優雅に腕を組む。レオノールは直立不動でマリアの目を見つめる。マリアも目を逸らすことはない。


「確かに、その方が良いでしょう。賢明です。さて」


 マリアは他の五人の前を、殊更にゆっくりと何度か横切った。


「あの子たちの指揮下に入れないという者はいますか」


 その威圧的な問いに、誰も手を挙げることはできなかった。マリアは「ふむ」と頷き、「よろしい」と頷いた。


「それぞれに思うところはあるかもしれません。私にだってあります。ですが、今、何をすべきか。それだけを考えなさい。脇道の問題なんて捨て置きなさい。矜持きょうじも捨てなさい。大義名分も要らない。何をどうしたいのか。そのためには何をすべきなのか。それだけを考え、そのために自己愛を捨てなさい」


 マリアは厳しい口調で言い、レオノールの前でピタリと足を止めた。


「少なくとも私は、アルマ・アントネスクと、マリオン・シン・ブラックを全力で支えます。あなたたちが一丸となって二人に協力するというのであれば、私はあなたたちも全力で以て守ります」

「あの、大佐」


 エディタが小さく手を挙げた。


「あの二人の指揮で。あのイザベラ・ネーミア提督をどうにかできるとお考えなのでしょうか」

「イエスかノーかで問われればイエス」


 マリアは即答する。


「ただし、被害がどの程度になるのかまでは予測できないわ。イザベラが最強のディーヴァであることは疑いようもない。経験不足のアルマとマリーが、馬鹿正直に正面から挑んだところで返り討ちよ」

「ならば……」

「エディタ、あなたがそんなていたらくでどうするつもり」


 マリアの鋭い指摘を受け、エディタはまた俯いた。マリアは肩を竦め、背中で手を組んだ。


「あなたたちには大切な仕事がある。敵はイザベラだけではないのよ。ストレートに言うけれど、あなたたちもその手を赤く汚しなさい。罪咎ざいきゅうを共に背負いなさい」

「私たちは――」


 エディタは声を絞り出す。マリアは顎を上げて続きを待つ。


「私たちが舞台を作ります」

「よろしい」


 マリアは満足げに頷いた。


「あの子たちとイザベラのために、雑音ノイズの無い舞台を作りなさい」

「はっ」


 エディタは姿勢を正す。他の四人もそれに倣った。

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