演舞

 その日の夜に、レオノールら五人のヴォーカリスト級は、アルマ・アントネスクおよび、マリオン・シン・ブラックがいる臨時の執務室へと向かった。室内では二人のソリストは事務仕事に忙殺されていて、顔を上げるいとまもあらばこそ……という状態だった。


「マリー! アルマ!」


 部屋に入るなり、レオノールは自棄になって二人を呼んだ。呼ばれた二人は揃って肩をビクつかせ、充血しかけた目を上げる。入口近くに座っていたマリオンが億劫そうに尋ねる。


「なんだよ、レオン」

「せめてレオナと呼べ、レオナと!」

「うん。で、何?」

「聞いてないだろ、私の言葉!」


 その大音量に閉口しつつ、マリオンは「で?」と先を促した。その時になって、マリオンはエディタたちの存在に気付いたが、敢えては何も言わなかった。


「私たちは確かにヴォーカリスト級だ。あんたたちより格下だ。それは事実」


 レオノールの栗色の髪が、さながら陽炎のように揺れる。鬼気迫るとはまさにこのことだった。


「落ち着こうよ、まずはさ」

「落ち着けるか!」


 その音量に書類は捲れ、窓ガラスはびりびりと振動した。実際にガラスが割れたことがあるとも言われるほどのその大声量に、マリオンもアルマも引きつっていた。


「あんたも、それにアルマも。学校では確かに優秀だったさ。でも、実戦の能力は知らない。あんたらは提督たちとは違うんだ」

「そりゃそうじゃん」


 マリオンは怪訝な顔をして言い返す。だが、レオノールは無視した。


「私が言いたいのは、今のあんたらには従えないよってこと。命を預けられるほど信頼することができない」


 その栗色の眼光は、まるでマリオンをねじ伏せるかのようだった。肉食獣の目だ。だが、マリオンはその黒い瞳をすっと細める。ひるんだ様子はない。


「でも、やらなきゃならない。誰かが」

「あんたたちなのが気に入らないんだ!」


 レオノールが怒鳴り、室内のあらゆるものが震えた


 シナリオ通り――エディタは頷く。他の三名のV級も顔を見合わせて頷き合っている。


 マリオンは両手を広げて、首を振る。


「どうしてそんなに感情的になるの。あたしたちにだって、こんなことは降って湧いたことなんだよ。でも、あたしたちがやるしかないから――」

「そんなこと!」


 理由になるか!


 レオノールが再度怒鳴ろうとした丁度その時、マリオンの後ろで状況をじっと見ていたアルマが立ち上がった。


「あのねぇ、レオナ。私たちだって、別に誰が指揮してくれたって良いと思ってるんだ!」


 アルマはその派手な三色の頭髪を揺らしながら、ゆらりと前に出てきた。レオノールのすぐ目の前に立ち、ぐっと見上げるその褐色の瞳には、ナイフのような鋭さがあった。


「でもね、レオナ。私たち以外に、誰ができるって言うんだ?」

「あんたたちより経験のある人たちがいるだろう。エディタ先輩とかさ!」

「そりゃそうだよ」


 マリオンとアルマが同時に応える。レオノールは腕を組み、空いていた椅子に腰を下ろした。


「アルマは戦闘を経験してもいないだろ。マリーは指揮官らしいことは何もできやしないし、自分で判断もできない」

「それは……」


 二人のソリストは口ごもる。それは半ば以上事実だったからだ。先に立ち直ったのはアルマの方だった。


「でも待てよ、レオナ。あんたは私たちに何を求めてる? ネーミア提督のような指揮能力? アーメリング提督のような強さ? あの人たち相手に互角に戦える力?」


 その殺気立った問いに、レオノールは即答する。


「私たちが信頼できる力だ」

「信頼?」


 アルマは再びその刃のような視線でレオノールを睨みつける。眉間に縦皺が寄っていた。傍らに立つマリオンは、その二人の親友の間に視線を彷徨さまよわせる。


 ややしばらくの沈黙の末、レオノールが不意に片目を瞑った。そして唇の動きだけで「ごめん」と言う。それを見て、二人のソリストは状況を悟る。この一連のトライローグは、全て茶番なのだと。


 アルマは厳しい表情を崩さず、机の上に腰を乗せた。


「言いたいことはわかった。確かに、戦術的に考えるなら、ヴォーカリストやクワイアは消耗品なんだ。ヴォーカリストは確かに貴重な戦力ではある。でも、いざとなれば切り捨てることだってある。それが戦術、戦略っていうものだろ」

「それは……」


 レオノールが顔色を失う。


「確かにレオナは優秀だよ。知ってる。でも、私たちよりは明らかに格下なんだ、あんたは。ヴォーカリストの中で最も優れているっていうあんたより、私たちは圧倒的に上なんだ。この能力の差は覆せないんだ。実際、あんたが私たちに勝るものなんて持ってる? セイレネスは勿論、その他のことでも何か一つでもまさったことがあった?」

「それは……」


 レオノールの奥歯がいびつな音を立てる。


「ソリストはディーヴァに従い、ヴォーカリストはソリストに従う。能力からして明白な主従関係があるんだ。確かに私たちは学校で学んだ戦術理論しか知らない。素人同然だ。認める、それは。でもね、あんたたちを守ってやれるのも、私たちしかいない。それは事実なんだよ、レオナ」


 アルマは傲然と言い放つ。その華奢な身体からは、信じ難いほどの圧力が生み出されていた。レオノールは唇を噛み、背後のV級たちは困惑したように視線を飛ばし合っている。


「でもね、レオナ。今、ソリストは二人いるんだ。私と、マリーがね。一人だったら確かにどうにもならなかったかもしれない。でもね、私たちは二人いる。私たちは半人前だ。素人だ。だけど、何も知らないわけじゃない。二人いれば、そしてあんたたちの協力があれば、この危機をどうにかできると思ってる。今はそれしか言えない」


 その鋭利で堅固な言葉に、レオノールはすっかり消沈してしまう。そんなレオノールの肩をぽんと叩いたのはマリオンだ。


「だいじょうぶ。あたしたちをたすけてくれる人たちもたくさんいるじゃない。あたしたちは自分にできることをやっていこうよ。こうして知恵を絞って力を出し合って、この事態を何とか切り抜けて。それでようやく、あたしたちはネーミア提督を超えて、踏み出せるようになるんじゃないかな」


 レオノールはマリオンの黒い瞳を凝視した。視線を逸らすことも、睨みつけることもできなかった。こみあげてきた涙で、視界が揺らぐ。


「くそっ、ちくしょう」


 レオノールは椅子を蹴って立ち上がり、アルマとマリオンを正面に捕らえた。


「絶対手を抜くな。この私の全てをあんたらに預けてやる。無駄死にだけはさせてくれるんじゃないよ、アルマ、マリー。いいね!」


 レオノールは怒気を孕んだ声で言い放ち、くるりと踵を返した。


「先輩方、行きましょう。二人の意思は確認できたと思います」

「そう、だな」


 エディタはハンナたちを引き連れて先に部屋を出た。レオナは最後に一度振り返り、アルマを睨んだ。


「アルマ、あんた言い過ぎだわ」

「ごめん」

「ふんっ」


 レオノールは大股でドアの向こうに消えて行った。

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