#27:セイレーンたち

#27-1:メソッド

ブルクハルトの言葉

 エディタはヴォーカリスト級たちをシミュレータルームにひそかに集めた。集まったメンバーは、クララとテレサ以外――すなわち、ハンナ、ロラ、パトリシア、レオノールだった。


「すみませんが、ブルクハルト中佐」

「うん、使って良いよ」


 エディタの視線を受けて、ブルクハルトは軽い口調で応じた。歌姫たちはそれぞれ一礼して、シミュレータの筐体に乗り込んでいく。最後に残ったエディタに向けて、ブルクハルトが「ああ、そうだ」とやんわりと声を掛ける。


「何でしょう、教官」

「あの二人の新入りソリストの件なら、心配は要らないと思うよ」

「その根拠は……?」

「不安があるのはわかる」


 ブルクハルトは回答を保留する。


「実戦経験のほとんどない指揮官なんか、確かにいまいちパッとしないのはわかるよ」

「それは……」


 不安を言い当てられ、エディタは少なからず動揺する。ブルクハルトはその表情をちらりと視線を送り、どこか億劫そうに立ち上がった。


「誰もが最初は素人なんだ。だけどね、だからと言って必ずしも負け戦になるってわけじゃないよ。逆もまた然りだしね。勝ち負けを決めるのは指揮官の能力だけじゃない。指揮される側にも、逆転の要因は多分にある」

「……私たちにあの素人たちを支えろと?」

「そういうことだ。それしかないだろう?」

「しかし……」

「まぁ、不安があるなら議論したまえ。不満があるならぶつかり合えばいい」

「……そのつもりです」


 エディタはまた一礼して、今度こそシミュレータに乗り込もうとした。


「あとね、エディタ」


 さらに声を掛けるブルクハルト。


「僕は君の指揮能力を良く知っている。他の子たちのもね。大丈夫、負けはしないさ」

「しかし、イザベラ・ネーミア提督は最強の歌姫セイレーンです」

「最初から負けるつもりなのかい?」

「そんなことは」

「ふむ」


 ブルクハルトは壁に背中を預けて腕を組んだ。


「艦を降りるというのも一つの選択肢だと思うよ、負けを意識するくらいなら」

「教官……」


 思わぬ人物からの厳しい言葉に、エディタは硬直した。先に筐体に乗り込んでいた四名も、何事かと顔を出す。


「僕には偉そうに言う権利もないんだけれど、それでも僕はあの子たちのことをかれこれ十七年も前から知っているんだ。だから、せめてその命を無駄にはして欲しくないと思っているんだ、本心からね。悔しいけれど、僕があの子たちにしてやれることはそう思う事くらいなんだ。僕はあの子たちを、結果として終わりのない戦いに駆り出させてしまう片棒を担いだ。こうなってしまった原因は、僕にも少なからずある。だけど、僕ではあの子たちを救えない」


 ブルクハルトらしからぬ苦々しい口調に、エディタは完全に固まってしまう。その様子に気付いたブルクハルトは、ほんの一瞬だけ寂しげな微笑を浮かべ、両手をパンと打ち合わせた。


「さ、あとは君たちのターンだ。思う存分話し合うといい」

「は、はい。ありがとうございます」


 エディタは小さく敬礼すると、急ぎ足でシミュレータに乗り込んだ。それを見届け、ブルクハルトは壁から背を離す。


「僕だって、こんな茶番にはもうウンザリしているんだ」


 セイレネスは素晴らしいシステムだった。OSジークフリートに完全に融和したこれ以上ない程に美しい自律拡張コードで、ブルクハルトはその初対面の時に完全に恋に落ちた。未知なる深淵をその手中に収めたような気さえしたのだ。世界が変わる、兵器のみならず文明そのもののパラダイムシフトが起きるという確信を持った。そしてそれから二十年近くの間、ブルクハルトは無我夢中でセイレネスに向かい合ってきたのだ。だが、その果てにあったのは、何ということのない愚かな歴史の繰り返しと、セイレネス同士の潰し合いという未来だった。


 結局のところ、自分はいったい何を目指したのか。何をしたかったのか。ブルクハルトはすでに見失っていた。自分はもしかしたらただの狂科学者マッドサイエンティストとして歴史に残ることになるのかもしれない――そんなこともこの数年では思うようになっていた。


 ブルクハルトはセイレネスの平和利用を夢見ていた。セイレネスは圧倒的抑止力であると同時に、人々の脳にダイレクトに影響を与えるシステムである。人々に何らかの変化が起きて、その結果、こんなバカげた戦争状態が終わることを望んでいた。だがしかし、蓋を開けてみればどうだ。それまでの究極的抑止力の座がセイレネスに置き換わっただけの、ただの過去の繰り返しデュプリケーションだった。


「僕はいったい、何をしたかったんだろうな」


 激しく明滅し始めた筐体の動作ランプを眺めながら、ブルクハルトは大きく息を吐き出したのだった。

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