兵器たることの証左

 陽光の残滓ざんしは完全に消え失せた。先ほどまで続いていた暴風雪も嘘のように止み、月の無い空は満天の星に彩られていた。全く穏やかな水面には、それらの輝きが落ちて煌いていた。


 思わず見とれてしまう程に美しい光景であるにも関わらず、レベッカは名状し難い居心地の悪さを覚えていた。セイレネスの意識の視界には、水平線の向こうにいる大艦隊を捉えている。対峙している緊張感はある。だが、それ以上に、不気味なのだ。


『提督』


 意識をそばに漂わせていたマリオンが声を掛けてくる。


『何か、変です』

「私も感じていました」


 意識の目を艦隊に向け、ぐいと距離を詰めていく。マリオンの気配も背後にあった。この新人は、もはや自在にセイレネスを操っているのだ。


 大きな新型駆逐艦が数隻目に付いた。その瞬間、レベッカの意識を何かが刺激した。傷みというよりは痒みに近い、その衝撃自体はたいしたことはないが耐え難い不愉快な感触が、レベッカを断続的に襲う。


「マリー。これは私が考えていたものよりも、もっと複雑な状況かもしれません」

『セイレネス、ですね、これ』

「ええ、間違いなく」


 一目でそれを見抜き、さらには確信してしまう程の感度の良さ。マリオンはやはり、自分なんかよりもはるかに優れた歌姫なのだろう――レベッカは思う。


『やぁ、来たね』


 不意にかけられた言葉に、レベッカは冷や汗を覚える。


「イズー、状況の説明を。これはいったいどういうことなの」

『まずはこいつらをきみに見せたくてね。それだけのために、わたしは彼らをここまで生かしておいたんだ』


 聞いていて背筋が冷たくなるほどに、その声には感情がない。


『こいつらをご覧よ。わたしたちが、所詮は兵器でしかないという証左みたいなものさ』

「どういうこと……」


 レベッカの問いかけ。しかし、イザベラはそれをまるで無視した。


『アーシュオンは、わたしたちの力を研究し、こいつらを作り上げることに成功したんだ。まったくもって外道どもだよ』

「その駆逐艦たちに、何が乗っていると言うの」

『見てみた方が良いよ、その目で、直接ね』


 イザベラの言葉を受け、レベッカは再びその駆逐艦の一隻に近付いた。再び干渉を受けたものの、そうと分かってさえいればどうということはなかった。


「これは……!」


 レベッカは見た。クラゲの足のようにケーブルを生やした生首を。


「なんなの、これっ……!」

『わたしもそういう反応だったよ』


 イザベラは温度の低い落ち着いた声で感想を述べた。対するレベッカは、激しい苛立ちを覚えた。こんなものが一秒でも長く存在していること自体が、非常に不愉快だった。


『この子たちはね、薬物によって常にトランス状態にあるんだ。自分が誰であるのかも、何故こんな所にこんな姿でいるのかさえ知らない。そして、理解することもできはしない』

「そんな……」

『アーシュオンはね、この五年で、こんな歌姫を量産する技術を獲得したのさ。しかもわたしたちなんかとは違う。圧倒的に安定した能力を持つ、極めて従順な歌姫たちをね』

「それは……ヤーグベルテも欲しがる技術なんじゃ」

『そうだね。そうだよ。喉から手が出るほど欲しい技術だろうね。Cクワイア級でさえ、こういう処置をされればヴォーカリスト級に匹敵するレベルにまで引き上げられるんだから』

「でもそんなことはっ」


 非人道的だ。外道の所業だ。レベッカは胸の奥が熱く痛み始めたのを知覚した。


『エディットやマリアが目を光らせていたから、そういう方向に向かわなかっただけの話なんだ。でもわからないよ、もう、これからは。人知れずC級の子たちがこんな姿にされていくかもしれない』

「そんな外道、国民だって許しはしないわ!」

『外道だから何だって言うんだい? 国民が許さない? 許さない国民が一部にいたとしても、ヤーグベルテは民主国家なんだよ。メディアの力で簡単に騙されちゃう人たちが過半数いるのだから、政府やメディアがどういう風を吹かすか次第なんだよ、そんなこと』


 イザベラの冷徹な言葉に、レベッカは息を飲む。レベッカのすぐそばにはマリオンの気配があり、やはり同じように身を竦ませていた。


『道すがら、アーシュオンのんだけどね。この生首歌姫たちのほとんどは、もともと誰にも探されない子たちなんだ。不法移民、天涯孤独、家出少女――そういうワケアリの子たちを手当たり次第に集めて、歌姫セイレーン……彼らの表現では素質者ショゴスと言ったかな、ともかく、それとそうじゃないのを分けたんだ。歌姫ではないと判定された子たちは、この生命維持装置開発のために使われた。僅かなれども歌姫の素質ありと判断された子たちは、薬物やマインドコントロール、或いは拷問の類を駆使して、徹底的な改造を施されたんだ』


 イザベラの声には明らかな怒気が込められていた。レベッカでさえ心臓が凍りそうなほど、その声は冷たく重たかった。


『わたしはヤーグベルテの歌姫特措法でさえ許せなかった。国民の魯鈍さにもいい加減にうんざりした。だけどね――』


 そこで一度言葉を切り、数秒間の沈黙を挟む。そして、吐き捨てた。


『だけど、アーシュオンのこのは、全くの別格だ』

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