迷える者

 マリアのいない艦橋ブリッジで、レベッカは悩み続けていた。


 本当にこれでよかったのだろうか、と。


 もはや悩む段階フェイズは終わっている。そうと理解はしていても、感情が追い付いてこない。そして同時に、こうして悩み、苦しむこともまた、自身の贖罪であるとも感じていた。


 無事に帰れる保証はどこにもない。私が賭けに負ければ、それで私の戦いは終わる。それは単純なゲームだった。


 途中で第七艦隊と、それに護衛されたパトロクロスとすれ違う。その際にもレベッカはぼんやりと形式的なやり取りをするに留まっていた。傍目にも明らかなほどに上の空のレベッカだったが、艦橋の将校たちは「致し方あるまい」として、誰も声をかけなかった。


 私は今、何をしようとしているんだろう。


 どこか事のように、レベッカは考え込む。


 いや、今は。ヴェーラの想いを届けることこそが、私の責務。なれば――。


「シン・ブラック上級少尉」

『は、はいっ』


 唐突に名前を呼ばれたマリオンが、転げるようにしてモニタの中に映り込んでくる。


「イズーがなぜこんなことをしたのか。それは考えないようにしましょう」


 それは半ば以上、自分に向けて言った言葉だった。


「それは勝てば訊けることです」


 その先にあるのは。あるいは、その前にあるのは。どちらかの死だ。だが、たとえ自分が死んだとしても、イザベラは想いを遂げるだろう。


『しかし提督……!』


 マリオンが何かを言い募ろうとする。しかし、レベッカは右手を振ってそれを止めた。


「イズーは歌姫セイレーンたちに本当に慕われている。今、第一艦隊にいる子たちは、誰一人として離反することはないでしょう。つまり、私たちはまず、その子たちから討たねばなりません」


 クララ、テレサ、そして、多くのクワイアたちを。


「本当ならば、その役割はエディタやC級たちのものでしょう。しかし、今回は。今回に限っては」


 レベッカは無意識に拳を握りしめていた。


「私たちでやりましょう」


 その言葉にマリオンは青褪めた。マリオンは自分の能力を知っている。タワー・オブ・バベルのような殺戮の技を持つことを知っている。そしてそれを以てすれば、クララやテレサのようなV級でさえ、為す術もなく討ち果たされてしまうことを知っている。


『な、なぜ自分が』

「あなたはソリストだからです。そして、次世代の歌姫たちを率いる立場にあるからです」

『しかし……それは、あまりにも』

「あなたの苦悩は理解できます。それは私たちがずっと味わってきた苦さですから。でも、私たちがやらなければ、私たちに従ってきてくれている歌姫たちは少なからず死ぬことになる。に犠牲を強いて、あなたはその責任から逃れられるのですか?」

『それは……』


 マリオンは俯いた。レベッカは小さく息を吐く。


「あなたが歌えば、イズー以外の子たちはあっさりと沈むでしょう。そうすれば、エディタたちはアーシュオンの艦隊の掃滅に意識を向けられる。彼らは明確にして明白な敵。あの子たちに殺しをさせてはなりません。とがびとは――」

『提督とあたしだけに留めおけ、ということですか……』


 マリオンの小さな声を受け、レベッカははっきりと頷いた。


「私はイズーと一騎打ちをすることになるでしょう。あなたは血の十字架を背負うことになる。ですが、私に万が一のことがあっても、あとのことはマリアが引き受けてくれます」

『しかし、提督は……あたしは……』

「迷わずに。迷っても後悔は大きくなるだけ。イズーたちは覚悟を決めている。あなたに討たれることも理解しているでしょう。しかしあなたが迷えば、あの子たちは全力で襲い掛かってくる。そうなれば、多くのが死にます。躊躇えば、殺しという汚名すら負うことになるのです」


 無茶苦茶だ――レベッカは思う。だが、それ以外にどんな道があっただろうか。


「つらいでしょう。しかし、これが。歌姫セイレーンたちの頂点に立つ者の役割、そして責任です」

『イザベラ・ネーミア提督は――』


 マリオンは顔を上げた。その表情は峭刻しょうこくと言っても良いほどに険しかった。


『こんなことを望んだのでしょうか、本当に』

「イズーは……目的のための手段を選べなかった」

『かばうのですか……?』

「いえ。事実を述べているだけです」


 レベッカは感情を可能な限り取り払った声で応じた。マリオンは眉根を寄せて沈黙する。


「マリオン、私たちはあなたに謝らなければなりません」

『……?』

「こんな未来しか遺せなくて、ごめんなさい」


 そして――。


「私たちと同じ痛みを繰り返させてしまうことになって、ほんとうに――」

『いいんです、提督』


 マリオンは少し慌てた風に言った。


『あたしにはまだ全部は理解できていません。納得もできていません。ですが、逃げるつもりもありません』

「マリー……」


 その毅然とした表情に、レベッカは一瞬だけだったが確実にされた。


『あたしも軍人です、これでも。守るべきは国家。守るべきは未来。は理解しているつもりです』

「甘えてしまって、ごめんなさい、マリー」

『ただ……』

「ただ?」

『提督とはもっとお話をしたいと思います。軍人としてもそうですけど、あたしの憧れの人として、もっとお話をしたいんです。ですから』


 マリオンはその先を飲み込んだ。そこでレベッカはようやく微笑む。そして、柔らかな声音で言った。


「帰ったら、たくさんお話しましょう、マリー」

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