#24-2:ジョーカー

ゲテモノ

 レネ・グリーグと合流を果たした第一艦隊は、アーシュオンの三個艦隊と正対していた。居並ぶアーシュオンの大艦隊の中に航空母艦の姿はない。艦艇群の遥か三百キロも後方に、艦隊旗艦を含む六隻の大型空母が控えているのが、イザベラには見えていた。


「最初からわたしたちとの交戦を目論んでいたということか」


 釈然としない――。イザベラは唇を引き結ぶ。だが、今はアーシュオン艦隊の撃滅が最優先事項だ。全てはそこから始まる。


「全艦、戦闘準備。C級の有効射程に入り次第、砲雷撃戦を開始せよ。クララ、テレサ、いいな!」

『イエス・マム!』


 二人のV級が声を揃えて応じてくる。その時、マリアの声がイザベラに届く。


「どうした、マリア。これから忙しくなる」

『姉様、敵の新型駆逐艦が確認できますか?』


 イザベラの苦情にはお構いなしに、マリアが言う。イザベラは再び意識の目を戦場に放ち、アーシュオンの艦隊を眺める。


「……いるな、それも多数だ」


 従来型の駆逐艦よりも若干サイズアップしている、いかつい装甲の駆逐艦だ。だが、装備も装甲も、それほど目を引くような強化がされているようには思えない。


「これが何だって言うんだ?」


 イザベラはもう少し近くから見てみようと意識の目を進ませ、そして、気が付いた。電気ショックでも受けたかのような痺れを感じたからだ。


「セイレネス……!?」


 アーマイア・ローゼンストックか!


 マリアのいるホメロス社、そしてアーマイアのいるアイスキュロス重工。共に背後にいるのはヴァラスキャルヴだという噂もある。同時期に同じような技術があったとしても、何も不思議な事ではない。現に、ヤーグベルテが歌姫をしたのとほぼ同時期に、アーシュオンもナイアーラトテップを繰り出してきている。


「マリア、これはつまり――」

『お察しの通りです。私もマリアとしては、アーマイアが何をどうしているかは詳細にはわからないのですが、恐らくイリアス計画に似た、しかしもっと効率的でおぞましい何かだろうと思います』

「……おぞましい?」

『ええ』


 マリアは短く答えた。


『アーマイアなら、きっと』

「マリア。きみという存在は、いったいどういうものなんだ?」

『私は……ARMIAという鋳型から生み出された仮想人格のようなものに過ぎません。実体のある影のようなものです。そうですね、エレナ・ジュバイルという人格をご存知ですか』

「うん」


 みんなの記憶から消えて無くなってしまった人――カティの親友。イザベラ、もとい、ヴェーラですら一時は忘れてしまっていた人だ。


『私はエレナとよく似ています。存在しているけれど、存在しない』

「……言っていることがよくわからない」


 イザベラは敵艦隊との距離を正確に測りつつ、前に出るタイミングを狙っていた。マリアは続ける。


『私はここにいて、同時にアーシュオンにも存在します。ご存知の通り、アーマイアとして、ですが。私たち、ARMIAの鋳型から生み出された人格は、同時多発的に存在することが可能です。しかし、お互いの人格に対し、反応ができないという制約リミテイションがあります』


 同時に同じ場所に存在でき、情報の共有すら可能で……。つまりインスタンスのようなもの――。


『その通りです。私もアーマイアも、ARMIAという鋳型クラスから生み出された実体インスタンスのようなものに過ぎません。だから、元を辿れば同じでも、実体としては異なっていて――』

「それはもういいよ、わたしにとってマリアはマリアだ。それで、アーシュオンの新兵器というのは」

というレベルですが、わかっています。ですが、直接頂いた方が』


 マリアの言葉に、イザベラは「ふむ」と頷いた。意識の目の先には、例の駆逐艦がじっと佇んでいる。イザベラは今度は慎重に、その駆逐艦へと意識の目を近付けた。激しい抵抗があったが、そうと知ってさえいれば、イザベラにとってはどうということはない。ソリスト級以下のセイレネスによる抵抗など、ディーヴァであるイザベラにとっては些細なモノだった。


「最後の防壁……!」


 指数関数的に高まる論理的抵抗の圧力を破り去りながら、イザベラは全てのロックを解除する。コア連結室に飛び込んだイザベラは、その部屋のあまりの狭さに驚いた。薄暗い照明に照らされたその部屋は、二メートル四方もない。そして部屋の中央奥には大きな黒いキャビネットが鎮座している。狭い部屋にそぐわない巨大な箱だ。イザベラは一段と強い抵抗を感じるそのキャビネットに、意識の手を触れさせる。物理的身体があるわけではないので扉を開けることはできなかったが、中の様子を伺うことはできた。その瞬間、イザベラは体内の血液が猛烈な勢いで逆流したかのような、怖気おぞけを感じた。


「マリア! 説明しろ!」

『やはり……ですか』

「なんなんだ、これは! こんなものが! こんなことが許されるのか!」

『存在するのです』


 マリアは冷静すぎる声音でそう応じた。


『私も漠然とは知っていました。アーシュオンではそれのことを、生首と呼んでいます』

「歌姫だって!?」

『そう、アーシュオンでは我々が言うところの歌姫を、素質者ショゴスと呼びますが、彼らは敢えて、姉様の目の前にある物体をと呼んでいるのです』

「くそっ、こんなもの!」


 イザベラが見たのはまさに生首だった。髪も眉もない生首が、キャビネットの中に鎮座していた。位置的に、また、大きさ的に、首から下にあるべきものはどう考えても存在しない。代わりに無数のケーブルやら何やらが、そこからさながらクラゲのように生えていた。まるで悪趣味なSF的造形だった。それは作り物のように見えなくもなかったが、その口元はまるで歌っているかのようにかすかに動き続けていた。閉じられていた目が、ゆっくりと開いていく――。

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