クロフォードの自嘲

 第七艦隊旗艦、ヘスティアの提督席にて、クロフォードは小さく唸る。ヘスティアが展開する隠蔽システムの傘に入るため、艦隊はぎっしりとひしめき合っている。ヘスティアの隣には、青い最新鋭制海掃討駆逐艦パトロクロスが佇んでいた。最優先防衛対象である。


「さすがのあいつも、情報部と保安部を出し抜くことはできなかった、ということか」


 本件に関する政治的な工作は、数か月前からとっくに動き始めていたのだ。イザベラたちですら知らないうちに、密やかに。軍の中では、それに気付いている人間は数少ない。その内の一人がクロフォードであり、また、参謀部第三課の統括アダムス大佐であった。全てを見通しているクロフォードにしてみれば、その全てが茶番劇だった。イザベラ、いや、ヴェーラ・グリエールの一世一代の大芝居パフォーマンスもまた、ただ軍上層部や政治屋に利用されるだけのイベントに過ぎなかった。


 セイレネスを通じた話し合いに終始していれば、情報機関たちには、或いは気付かれずに済んだかもしれない。


「いや、ないか」


 イザベラは、敢えてでの対面と告白を選んだのだ。嘘がつけないというセイレネスの内側ではなく、仮面を被ることのできるセイレネスの外側を、イザベラは敢えて選んだのだ。


 しかし解せないのは、レネ・グリーグという貴重なソリストをも、喪失させようという計略の真意だ。ディーヴァ、そして二人のV級、その上、圧倒的な戦力であり平和の功労者でもあるソリストを追加しようというのだ――死亡者リストに。アルマ・アントネスクとマリオン・シン・ブラックという二名のソリストが、実はD級相当であるという情報もあった。だが、それを差し引いても、やはり犠牲が大き過ぎる。


 誰が得をするのか。


 クロフォードは考える。そもそも、この情報を利用しようと考えたのは、第三課のアダムス大佐である。アダムスはなおもテラブレイク計画に固執していて、現在でも新型のテラブレイカーにセイレネスの搭載実験を続けている――進捗は芳しくはないようであったが。だが、セイレネス搭載型テラブレイカーが量産された暁には、海軍の巨大戦力であるディーヴァたちが邪魔になる。参謀部第三課が、というより、アダムス大佐が覇権を取るためには、第六課子飼いの第一・第二艦隊は邪魔なのだ。


 だから、アダムスこそが黒幕だと、クロフォードは思い込んでいた。


 だが、ここに来てその判断に迷いが生じている。全ての黒幕が、実はハーディ中佐なのではないかという可能性だ。アルマとマリオンが真にD級であるというのなら、その可能性は俄然濃くなってくる。もし、二人のD級、イザベラとレベッカが共倒れになった場合、一番得をするのは実はハーディなのだ。二人の新人歌姫の能力が、イザベラやレベッカを超えるという情報も、クロフォードは掴んでいた。だとすれば、扱いにくくなってしまったイザベラやレベッカが消えれば、ハーディ中佐率いる第六課は、途端に機動力を回復する。イリアス計画に押されてテラブレイク計画は縮小され、第三課が独裁体制を敷くという望みは薄くなる。


「黒幕は……アダムスか、ハーディか、それとも」


 マリア・カワセ――。


 そうだ、あいつの存在を忘れていた。クロフォードはその事実に愕然とする。最も考慮しなければならないのが、マリア・カワセの存在だった。


 しかし、思い返してみても怪しい所はない。公私に渡って、イザベラやレベッカをサポートしているのは公然の事実であったし、参謀としても、第六課と歌姫たちの橋渡し役としても申し分ない。クロフォードの老獪な情報網と思考力を駆使してもなお、マリアに対する何らかの証拠物件は上がってこなかった。


「気のせい、か」


 疼くような感触はある。だが、クロフォードは論理思考に徹して、マリアを被疑者リストから外した。つまり、アダムスか、ハーディか、あるいは両方が被疑者ということになる。どの可能性にしても、動機は十分にある。


「あるいは、俺か?」


 クロフォードにも動機はある。だが、本人だから言えることだが、クロフォードは今回の件についてはほとんど全く自発的な行動をしていない。していないのだが、クロフォードが望む未来の形に、着実に近付いてきている。自ら悪役を買って出ようと考えたこともあったが、そうするまでもなく、伏魔殿の悪魔どもが勝手に物事を進めてきた。クロフォードにとってみれば、何もかもが計算外ではあったが、その結果は全て理想的だった。長年の付き合いであるヴェーラやレベッカに対する思い入れもないではなかったが、そんなことはクロフォードの理想の前では些細な事柄だった。


 戦力という意味では惜しい。レネ・グリーグを含めて惜しすぎる人材と装備である。だが、新たなるディーヴァであるアルマやマリオンがトップに立つということであれば、軍としては健全化することになるだろう。また、今回のこのイザベラの反乱それ自体が、歌姫たちの手枷足枷になっていくはずだ――皮肉なことに。そしてそれは国家のに繋がる。軍の上層部も政治屋どもも、誰一人として事態のなど求めてはいないのだ。というショービジネスこそが、ヤーグベルテとアーシュオンの共通の利害なのである。


「救いようがないな、この世界は」


 クロフォードは溜息を吐き、水平線の彼方にひっそりと消えて行く戦艦ヒュペルノルを見遣った。そして小さく敬礼してから、目を閉じた。

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