#24:最後の船出

#24-1:運命

運命の出撃

 二〇九八年十一月二十五日――。


 それは完全な奇襲だった。ヤーグベルテの情報部は、その作戦を全く見抜くことができなかった。アーシュオンは艦隊が通過可能な巨大なトンネル「ムリアスの道」を造り、ヤーグベルテ北方、ユーメラ近傍に突如として大艦隊を出現させた。北方警備にあたっていた哨戒艦隊は、反撃もままならぬうちに撃砕される。ノトス飛行隊が緊急出撃スクランブルし始めた時には、戦闘は終わっていた。


 参謀本部は戦力が回復しつつある第五艦隊と第七艦隊を派遣しようと動き始めたのだが、アーシュオンのトンネル作戦がどこまで進行しているのか把握できなかったために断念した。虎の子の第七艦隊を動かしてしまえば、もはやアーシュオンにとって不確定な事案は存在しなくなる。同時多発的な奇襲攻撃を仕掛けるつもりであるというのなら、もはやヤーグベルテには対処ができなくなってしまうという事でもあった。


 現時点で戦力になり得る艦隊といえば、もはや第一艦隊と第二艦隊しかいなかった。そして第一艦隊は訓練航海を始めた所であり、迎撃には極めて好都合な位置にいた。必然、白羽の矢は、イザベラ率いる第一艦隊に突き立つこととなった。


『……ということなのですが』


 マリアの声が、コア連結室にいるイザベラに届く。セイレネス経由の通信である。


「マリア、きみのシナリオ通りに動いているね」

『私は……知っていましたから』


 アーマイア・ローゼンストック……か。イザベラは小さく息を吐く。


「きみが何を知っていたにせよ、わたしの行動は変わらないのさ。わたしの信念が揺らがない限り、わたしはわたしであり続ける」

『姉様……』

「ヴァラスキャルヴ、セイレネス、ゴーストナイト、マリア――。不思議なことだらけだ、わたしの周りには。不自然なほどにね。でも、今のわたしが恐れるものなど何もないし、何の不思議があったとしても驚くつもりもない。わたしは迷わない。わたしは進み続ける」


 その悠然な言葉に、マリアは沈黙する。かくえきたる音素に彩られたその宣言文は、まさにイザベラの反逆の狼煙のろしであった。


「クララ、テレサ、ご苦労だった。ありがとう」

『僕は僕の決断をしたまでです、提督』

『私も、自分の大義を提督の行為おこないに見出したからついてきたに過ぎません』

「自分の意志で、ということか」


 イザベラは苦笑する。少女たちは、この四年間でとっくに大人になっていたのだ。無論、その言葉を額面通りに受け止められるほど、イザベラはではなかった。だが今は、二人の本心を探るのはやめておいた。何にしても二人は共に来るという決断をしたのだ。その罪過はわたしにあるのだ――イザベラは強く思う。


 イザベラはセイレネス経由で、隣を疾走する新型艦――制海掃討駆逐艦パトロクロス――へのアクセスを開始した。ほどなくして、パトロクロスは足を止め、その動力炉もダウンした。あらかじめ細工を仕込んであったとはいえ、拍子抜けするほど簡単にシステムを落とせたことに、イザベラは驚いた。あのブルクハルトが張り巡らせていたはずの防壁が、実に穴だらけだったからだ。あの天才技術者がこんな粗雑な論理防壁を構築するはずもない。現に旗艦セイレーンEM-AZの防壁は鉄壁であり、第一層ですら破られたことはない。


 二分もしないうちに、パトロクロスの主、アルマから通信が入った。


『ネーミア提督! アルマです。あの、本艦のシステムが軒並みダウンしてしまいました!』

「落ち着け、アルマ。死ぬわけではない」


 イザベラはゆっくりと言った。


「レニー、アルマの艦のシステムが落ちた」

『えっ!? ハッキングですか!?』

「かもしれないが、不具合かもしれん。いずれにせよ、パトロクロスをこんな状態で戦場に持って行くわけにはいかない。レニー、護衛退避をしてくれ」

『承知致しました』


 レネは状況を素早く理解して、短くそう応じた。ここまではイザベラの計算通りだった。パトロクロスは今現在丸裸だ。そこを襲われたらひとたまりもない。潜水艦一隻にですら沈められかねない状態だ。クララやテレサを護衛にするという選択肢もあるだろう。だが、二人は今や機動戦力の要であり、指揮官でもあった。となれば、レネを護衛にするのが一番妥当な選択肢ということになる。レネが抜けてできる戦力の穴は、イザベラが前に出さえすればどうにでもなった。


 レネの戦艦ヒュペルノルは、パトロクロスを牽引するや否や、その巨体を反転させた。


『提督! 私の艦もシステムが復旧しさえすれば』

「ならん。その艦はイリアス計画のいやさきにある大事なものだ。ましてきみはルーキーだ。まともに戦ったって何が起きるかわからない。わたしはこんなつまらないことに、そんなリスクは取らない」

『ですが!』

「ならん」


 イザベラは一言でアルマの訴えを切り捨て、無情な声でレネに命ずる。


「レニー、港まで戻ってくれ」

『承知しました』


 その時だ。クララが驚いたような声を上げた。


『提督! 北西、百キロの所に第七艦隊が出現しました!』

「何ッ!?」


 イザベラは焦る。百キロと言えば至近距離である。そんな距離にあった第七艦隊に、誰一人気付かなかった。ヘスティアの隠蔽能力はすさまじいものがある。衛星写真すらリアルタイムに欺瞞ぎまんする能力がある。だが、セイレネスの探知能力はその上を行っているはずだった。やる気になれば魚の一匹すら検知/追尾できる精度のある探査能力を有しているのだから。


 いったいどういうことなんだ!?


 取り乱すイザベラをよそに、第七艦隊の指揮官、リチャード・クロフォードから論理通信が入った。


『緊急事態を検知したのでね』

「提督、大丈夫だよ、こっちは。レニーがパトロクロスを引っ張っていってくれるし」

『俺の艦隊がいなければ妥当な判断だったと思うが、今は状況が変わったぞ』


 淡々としたその声音に、イザベラは冷や汗を覚える。


『戦艦は貴重な戦力だ。タグボートの真似をさせる必要はなかろう。パトロクロスは、ヘスティアの隠蔽の傘で守る。レネ・グリーグ大尉には早急に戦線に復帰してもらえ』

「いや、それは――」

『どうした? 何か不都合でもあるのか?』


 間髪を入れぬ問いに、イザベラは言葉に詰まる。クロフォードの言い分が正しい。圧倒的に正しいのだ。その申し出を拒否する理由などない。


『今回のこの作戦は妙だ』


 クロフォードのその言葉に、イザベラは息を飲む。


『まるで予定調和だ。誰かが仕組んだもののようにも思えてならない』

「そ、そんなことはないと思うよ」

『敵は完全な奇襲ができるにも関わらず、たったの三個艦隊だ。弾道ミサイルの発射兆候もなければ、クラゲの類も見当たらない。奇襲で一気に沿岸部を攻め落とすなりの戦略があるものかと思えば、港への艦砲射撃すらなく素通りだ。言ってしまえば、まるでかのようにすら思える』


 イザベラは頭痛を覚え始める。このクロフォードという男の聡明さを、すっかり計算の外に置いていた。だが、そこまで看破された以上、もはやクロフォードの言うとおりにするしかない。


「わかりました、クロフォード准将。アルマとパトロクロスはお任せします。レネはこちらに再合流させます」

『うむ、了解した』


 クロフォードは短く言った。イザベラがほっと息を吐いて通信を切ろうとしたその時、再びクロフォードの低い声が響いた。


『気を付けろよ、ネーミア提督』

「え、何をですか?」

『わざわざ第一艦隊に喧嘩を売りに来る艦隊だ。新兵器を隠し持ってる可能性が高い』


 ああ、そうか。イザベラは頷く。


「わかったよ、クロフォード提督。気を付ける」


 白々しい――イザベラは自分自身に対して、鋭く舌打ちした。

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