二人と、四人

 エディタがセイレネスにログインすると、そこにはもう全員が揃っていた。白一色の論理空間の中に、クララたちV級歌姫が円陣を組んで座っている。


「待たせた」


 エディタはその中に入り、自分も腰を下ろした。そして指を三本立てて言った。


「三日。私は十分な時間だったように思う」

「そうだね。三日は長すぎる時間だった」


 クララが同意する。その場の六名は一様に、やつれた表情を浮かべていた。全員が全員、ほとんど眠れていないに違いなかった。イザベラの言葉を、想いを、それぞれは考えに考え抜いた。ひたすらに自問し続けた。


 エディタはしばらくの間じっと白い床を睨みつけていたが、やがて意を決したように顔を上げた。


「では問おう。覚悟を決めた者はいるか」

「私は決めたわ」


 真っ先に手を挙げたのはテレサだった。全員が厳しい視線をテレサに向ける。


「私はこれまで通りにネーミア提督についていく。私は提督の盾であり続ける」

「でもそれは……」


 エディタが言いかけたが、テレサは人差し指を立てて、首を振った。


「私は未来へのいしずえで構わない。私はグリ……ネーミア提督を尊敬しているのよ。そしてあの方の考えもわかる。苦しい想いもわかっているつもり。だから私は、ネーミア提督に付いて行こうと思う」

「反乱軍として記録に残るんだぞ、君の名前が」

「だから?」


 テレサは荒んだ笑みを見せる。美少女らしからぬその表情に、エディタは悟る。テレサはそんなことはとうに理解していて、その上で決めたのだという事を。


「私の名前がどんな記録に載ろうとも、私にはどうでもよくて。ただ、ネーミア提督の想いが痛いくらいにわかったから、もう、私は私を騙し続ける事は出来ないと思った。もしここで、ネーミア提督に弓を引くことを選んでしまったとしたら、それこそ私は自分を殺すことになると思ったわ」

「でもそれは、私たちと戦うことになるって意味で――」

「そう。エディタはアーメリング提督につくのね」

「……ああ」


 エディタは頷いた。エディタは最初からそう決めていたのだ。


「これは茶番なんだ。命を賭けたね。こんなこと、私は感心しない。死ぬのは私たち歌姫セイレーンだけじゃない。海軍の兵たちだって大勢死ぬことになる。茶番劇のために人が死ぬ。そんなバカなことをはいそうですかと認めるわけにはいかない。彼らもまた国民。私たちが本来守らなければならない人たちだ」

「エディタはネーミア提督の想いがわからなかったの?」

「わかったさ。その上での話だ」


 エディタは白金の髪に手をやった。その指先は小さく震えていた。


「私だって忸怩たる思いでいる。ネーミア提督の想いもわかる。こんな国、こんな国民たちを感謝もされずに守り続ける義務を課せられた苦しみだって想像できる。だけどね、だからといってハイそうですかと国家を脅迫することにくみすることはできない。そうしてしまったら、それこそグリエール提督やネーミア提督、アーメリング提督が築いてきたものをゼロにしてしまうことになる」

「でも、もう、異端審問の振り子は落ち始めた。もはや止めることはできない」

「私は歌姫セイレーンの未来を守りたい。人々に恐怖を抱かれるような存在にはしたくないんだ。たとえどんな理不尽な扱いを受けたとしても」


 エディタの言葉は強かった。だが、そこでクララが口を開く。


「僕はさ、君の言葉には同意する。想いも一緒だろう。茶番だよ、こんなのは確かに」


 クララのその言葉に、全員が大なり小なり頷いた。それを確認してから、クララはエディタを真っすぐに見据えて言った。


「でもね、エディタ。僕には、君の言葉はキレイすぎる」

「……君までテレサと共に行くと?」

「エディタ、君が何と言ったって、そしてこれが茶番に過ぎないとわかっているけれど、僕は提督の言葉に共感したんだ。提督が反旗を翻すと仰るなら、僕らは喜んでその先鋒を担う。僕らはきっと、ってことになるだろう。でもね、僕はネーミア提督……いや、グリエール提督を、二度も孤独の中で殺してはいけないと思うんだ。だから僕らは、グリエール提督に従う」

「しかし!」

「エディタ」


 クララはエディタの前までやってきて、片膝をついてエディタの右手を取った。


「君には、キレイなままでいて欲しいんだ」

「そんな……」


 同期の二人に明確な敵対宣言を出され、エディタは顔色を失った。クララはエディタの手を両手で包み込んだまま、囁く。


「僕らは遠くない未来に皆死ぬだろう。摩耗して、摩耗して。だから僕は、まだ自分の意志で歌えるうちに、ここから一抜けしたいだけなんだ」

「クララの言う通り」


 テレサがエディタの背中を軽く叩きながら言った。


「どちらの提督に付くにせよ、私たちは擦り減らされていく。よほど運が良くない限り、生き残るのは難しいと思う。なんてものが本当に存在するとしたら、それが現実にやってくるのだとすればいいのだけれど、多分それは無理よ。何十年も続いた戦争が今々終わるなんて思えない。だから私は決めた。未来のための戦いスタンドに、この命を捧げるってことをね」

「それは――」

「エディタ。ねぇ、このままでいいの? 国民という名の搾取者の下で奴隷のように歌わされるだけで良いの? そんな未来で良いの? あなただけじゃない、あなたに続く子たちにも、こんな現実を見せてしまって良いの?」


 矢継ぎ早の問いかけに、エディタは唇を噛んで沈黙する。そこでパトリシアがおずおずと口を開いた。


「私はテレサ先輩とクララ先輩に同意します。共感せざるを得ません」

「パトリシア!?」


 思わず反応したのは、パトリシアの同期であるロラだった。が、パトリシアは首を振って言う。


「ロラ、私はネーミア提督の言葉を理解できたつもりでいる。その未来への懸念も、疑念も、不安も、絶望も、たぶん、私は理解したと思う。だから――」

「あんたさ」


 ロラはパトリシアの言葉を強引に遮った。


「あんたは大義のために生きてるのかい? 生きてきたのかい? 死ねと言われて死ねるのかい?」


 馬鹿馬鹿しい、と、ロラは吐き捨てる。


「あたしもネーミア提督の言葉は理解したさ。三日間も考えたんだ、嫌でも理解できる。でもね、そんな不確かな未来を創ることを大義って言われたって、ちゃんちゃらおかしいよ、あたしには」

「でも、ロラ。今のままだったら」

「そんな予測は、みたいなもんだよ。確定なんてしていない。ただの悲観的な推測に過ぎないとあたしは思ってる。クララ先輩やテレサ先輩の大義は理解した。けど、パティ、あんたまでがそんなことに付き合うなんて、まるで無駄死にだよ」

「でも――」

「でもでもうるさいな!」


 ロラは短気を起こした。


「あたしはね、ネーミア提督の大義よりも、エディタ先輩の大義の方に重みを感じているのさ。でもね、勘違いして欲しくはないんだけどさ、エディタ先輩。あたしはエディタ先輩の言う大義だか正義だかにも、たいした価値を感じちゃいない。国家だの国民だの、そんなもの、あたし一人の命に比べたら吹けば飛ぶように軽い。そんなもの、たいそうなものなんかじゃない」


 立ち上がりながらそう断定するロラの姿と声音は、威厳に満ちていた。


「あたしたちの大義はあたしたちそれぞれの中にある。誰にも否定できるものでもないし、強制できるものでもない。外野が何と言おうと関係あるもんか。自分の生き方は、自分で決めなきゃならない。他人の大義で死ぬのは無駄死にって言うんだ」


 ロラは胸を逸らしながらそう言い切った。エディタは黙って頷き、クララとテレサは顔を見合わせた。唯一喋っていないハンナは終始俯いていた。パトリシアはゆっくりと立ち上がり、震える膝を両手で押さえた。


「ロラ、私は、やっぱり……あなたと一緒にいたい」

「それが、パティ、あんたの大義なのかい?」

「ええ。あなたの言葉で目が覚めた。私は、できることなら、生きて未来を変えたい。その未来を見届けたい」


 パトリシアは涙目になってそう訴えた。ロラがその肩を抱き、そっと座らせる。まるで恋人同士のように、二人は寄り添って沈黙した。


「ハンナ、君は?」


 数分の沈黙を破って、エディタが尋ねた。ハンナは疲労を強く滲ませた表情のまま、何度か頷いた。


「私は、臆病ですから。死ぬのが怖いから。だから、少しでも生き延びられる方に付きます。だから、ネーミア提督とは共には行けません。私は一人でも多くのクワイアたちを守りたい。だから」

「ハンナ。守ることもできるが、殺す必要もあるんだぞ」


 エディタが静かに言った。ハンナは目を伏せ、強く唇を噛み締めた。


「私は、それでも、死にたくないから」

「そう、か」


 エディタは頷いた。


「なら、これで決まり……なのか?」

「ああ、決まりさ」


 クララが言った。


「僕とテレサはネーミア提督と一緒に行くんだ。提督を、今度は一人で逝かせはしない。部下の幾らかは、ちゃんと付いて行ったんだって、記録して欲しいと思う」

「だから今、笑いながら手を振るよりも、みっともないほど、泣き喚きたい」


 テレサがそのフレーズを口ずさんだ。


「セルフィッシュ・スタンド……か」


 それは、誰もが知っている歌だった。ヴェーラ・グリエールのとなった歌、セルフィッシュ・スタンド。


「とは言うけどね」


 クララが苦笑のような表情を見せながら言った。


「でも、今は、笑いながら手を振って欲しいと思うよ、僕は」


 その言葉を聞いて、エディタは沈鬱に、だが、少しだけ微笑んで言った。


「お気に召すまま、さ」


 ――うだけなら。


 六人はその白い空間をめいめいに見上げ、あるいは見下ろしていた。五分か十分が経過してようやく、エディタが座り込んだままのクララとテレサを見下ろして、言った。


「ネーミア提督……いや、グリエール提督を、頼む」

「僕らじゃ頼りないけどさ」


 クララが屈託ない笑顔を見せながら応じた。

 

「でも、精いっぱい頑張るから」

「だからあなたも油断しないで来るのよ、エディタ」


 テレサが静かに言った。 


「お別れがいつになるかはわからないけれど、みんな、元気でね」


 それが二人と四人との、論理空間での最後の交流となった。

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